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わからない

 サキちゃんがチハルはどこかに行ったのかと母に聞き、父と一緒に出かけたと母が答えた。

 そして母が二人を車で送ると言ってくれたので私も一緒に送って行っての帰り、母が運転して前を向いたまま助手席の私に言う。

「ヒロセ君、良い子だね~~。ちょっとしか話せなかったけどすごく感じが良いのがわかった」

「…うん」

母の横顔をチラッと見る。

「サキちゃんも良い子だけど」と母が言う。「お母さんヒロセ君の事ばっかり気になっちゃったね」

「…気にしないでいいよ」

わざと、冗談とも本気とも取られないような言い方をすると母は少し笑って言った。

「そりゃあ気になるよ。だってチナちゃんが好きだな~って思ってる子だもん、気にしないわけない」

「…」



 そしてしばらく間があって、はあああ~~~!、と母がわざとらしいくらいに大きなため息をついたので、まじまじと横から見つめてしまった。

「ヤだな」と母が小さい声で言った。

なに急に?何が嫌?

「チナちゃん…やっぱお母さん嫌だ…どうしよう…」

「…」

「やっぱ私はチナちゃんの本当のお母さんじゃないんだな~って思うんだよね。ヒロセ君の事、すごく素敵な子だと思うんだよ。チナちゃん良い子好きになったなぁって。それでチハルなんかよりヒロセ君の方が断然良い子なんだって思うんだけど。だから余計にね…チハルが可哀そうになってくるんだよね。負けてるなあって思って」

「…」

「だってヒロセ君の方がすごくいいと思うよ、お母さんも。チハルがきっと嫌な態度とってると思うのに、あんなに感じ良く応対してくれて。私でも断然ヒロセ君とるわ。ヒロセ君と付き合った方がいいよ」

「お母さんがいくらいいよって言ってくれても、付き合おうとかって話にはまだなってないもん」

そう言ったら母が舌打ちした。



 え…

 …お母さん今舌打ち?

「『なってないもん』、じゃないよ何言ってんの?」急に冷たい母の声だ。「付き合いたかったら自分からもガンガン行かなきゃ。もっと強い気持ちで好きって思わないと。家まで連れて来てんのに。サキちゃん先に返すぐらいの事したらいいじゃん、せっかくチハルも邪魔出来ないようにしてあげたのに」

「…好きは好きだけど…」はっきりしない私の答え。

「…なに?」

恥ずかしいな…。「…だんだん仲良くなって、相手にもちゃんと好きだなって思ってもらってから付き合いたいっていうか…」

「は?何言ってんの?ヒロセ君モテるんじゃないの?」

「モテるっていうか、誰とでもうまく付き合える子だと思うから、他の女子とも普通に仲良く話が出来ると思うし、たぶん良く話したりする子も多いと思うんだけど…彼女はいないって言ってたし…」

「はっきりしないなもう!!」




 母に結構大きくてキツめの声でダメだしをされて、実際肩がビクッと大きく揺れるくらい驚いた。

 母が言う。「チナちゃんがいいなって思う子は他の子だっていいなって思ってんの。チナちゃんがヒロセ君に話しかけられて優しくされた時に嬉しいなって思ったように、他の子も同じようにされたら嬉しくなって、もっと仲良くなりたいと思って、その思った子がガンガンいっちゃう子だったら負けちゃうでしょ?負けちゃうでしょっていうか、他の子がもっとガツンて出てきたら、チナちゃん遠慮して引いちゃうでしょ?」

「…」そうかもしれない。ていうか、きっとその通りだな…。

黙りこむ私にさらに驚く事を母が言った。「そんなにはっきりしないんならチハルでいいじゃん」

「…え?」

「チハルの方がチナちゃんの事すごく好きなのに」

「…お母さん…」

「うそ」と母。

なに!?





 わからん。やっぱり母がわからん…

「お母さん!?ねえ、家に帰るの、ここ左じゃないの?」

左に曲がるはずの所を母が右にウィンカーを付けたのだ。

「右に行くの」と母が言う。「今から無駄にドライブする」



 「…お母さん?」

運転を続ける母を呼ぶが、母はしれっと運転を続ける。カチカチカチカチ…あ、やっぱ右曲がった…

聞きたくないけど聞かなきゃいけない。

「…お母さんは本当は…どんな風に思ってるの?…私とチハルがどんな風になったらいいと思ってるの?」

「…」

「…お母さん?」

母がぐいぃぃぃぃっとアクセルを踏んだ。

「え、お母さん?お母さん!」



 バイパスを疾走する母。かかっていた音楽の音を大きくする。ブラックアイドピーズの『ザ・タイム』だ。母が運転するマツダのベリーサがクラブにでもなったような…ってクラブなんて行った事もないけど…

「お母さん、あんまスピード出さない方がいいよ」

「出してない。道が空いてるからそう思えるだけだよ」

言われて速度計を見ると母の言うとおり速度違反はしていないようなのに、体感はそうじゃない。窓の外の景色がぶわあああっと流れる。灯りが少しずつついて来た家々が電飾の一部のように通り過ぎる。

「え、お母さん!山に行くの?」

「山には行かないよ」

「だって山の方向かってるじゃん」

「…」

「お母さん!帰ろうよ」

 怖い。

 

 母の運転の腕は確かで、ちょっとした凹みも車体につくった事はないが、こんな運転、山道でされたらたまったものじゃない。

 もう一度、「ねえ!お母さん!」と言ってみたが、母が何も話そうとしないので、私はずっと困った顔を助手席の窓ガラスに寄せて流れる外を見るばかりだ。




 

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