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重い

                                                

 「キモト…」ヒロセが言った。

「…なに?」

「ここ座って」

ヒロセがヒロセのすぐ横のカーペットの上をポンポンと手の平で叩く。

「いや、」とヒロセが少し笑いながら言った。「なんかキモト落ち着きがねえから。自分の部屋なのに」

 わ~~と思いながらチラッとチハルを見てしまった私はバカだ。

 ヒロセに今指摘されたように、弱冠挙動不審な感じでヒロセがポンポンと叩いてくれた所のちょっと横に座った。あんまり近いとさらに挙動不審になる。自分の部屋なのに。


 

 それを黙って見ていたチハルが口を開いた。「ヒロセさん」と言うので私がドキッとする。思わずチハルを睨んでしまう。頼むから余計な事やヒロセが嫌に思う事は聞かないで。

 が、チハルは聞く。「ヒロセさんは今まで彼女何人くらいいたんですか?」

 やっぱりまずい感じで絡んで来たチハルを慌てて注意した。

「あんたにそんな事関係ないじゃん」

「彼女って呼べるような感じの付き合いはした事ない」

私のすぐそばのヒロセが普通に答える。「仲の良い女子はいたし、グループで映画観に行ったり、遊園地とか行ったりはあったけど」


 …こういうとこだよね。

 こういう答えをすんなりと隠すことなく、そして嫌みなく言える所もヒロセの素晴らしいところだ。カッコいい。

「弟は?」とヒロセが聞く。「超モテんだろ」

「いえ。でもヒロセさんが本当にオレから聞きたいのはオレの事じゃなくて姉の事でしょ?」

「そうだよ。姉ちゃんの事だよ。でもいいから」

「いいから?」

「別にキモトに今まで付き合ったりしてたヤツがいてもそんなのは関係ないって事」

「へ~~」と不届きな相槌をうつ私の弟だ。

「ヒロセはさ」とサキちゃん。「チナのどこが好き?」

「え?」とダイレクトな質問にヒロセは一瞬驚いたがすぐに言った。「そんなのそのうちキモトにだけ言う。ワタナベには教えない。弟にもな」

 わ~~…もう…もったいない。ヒロセにそんな事言ってもらえるなんて…



 「あそう」と淡々とサキちゃんはスルーして今度はチハルに聞いた。

「弟クンは?チナのどこが一番好き」

「あ~~。じゃあオレはあえてここで言いますけど…」

「もうチハル!」私が焦って口を挟む。「サキちゃんに乗せられてそんな事あんたが言わなくていいよ。弟なのに」

言い放ったらチハルが睨んで言う。「弟なのに?」

「どうせあんた変な事答えるんだろうし」と言う私の声は小さくなる。「もうほら、お茶飲んで自分の部屋行きなさいよ」

「いや、」とヒロセ。「オレも聞きたいし。何で弟はそんなに姉ちゃんが好きなのか」


 「いえ、」とチハル。「全然嫌に思える時もありますよ。キョーダイじゃなきゃ良かったのにとか。でもキョーダイで良かったなとか」

「おお~~」とサキちゃん。「なんか意味深な感じ」

「チハル、」と私がまた口を挟む。「もういいよ、わかったから」

「何が?」と私に笑うチハル。「何がわかってんの?」

怖い。「…」


 「それで?」とヒロセが聞く。「なんで姉ちゃんがそこまで好き?いや、周りには小さい頃面倒良く見てくれてたから、って言ってんだろ?」

 ヒロセもそこ、突っ込まないで欲しい…

「何が好きとか、どこが好きとかはないですよ」とチハル。

 …なんだ…そうなの…じゃあやっぱりこの特殊な環境のせいなんじゃあ…

「でも、」とチハルが言った。「この人が『いる』って事がもうオレにとっては大きいんですよ。オレの近くに『いる』って事が」

 「「「…」」」



 「よし!」

しんとしてしまった部屋にサキちゃんの大きな声。

「アルバム見よ!中学の時の。出してよチナ」

「嫌だよ!」速攻拒否する。

「いいじゃん」とサキちゃん。「ヒロセも載ってるんだし。弟クンは学校違うんだったよね。…なんで違う学校行ってたの?そいで何でこっち戻って来たの?」

近所の知りたがりのおばちゃんか!

「サキちゃん。いろいろ聞き過ぎだよ。もう絶対家に呼ばないからね」

ハハハ、とサキちゃんは高笑いし、階下から母がチハルを呼んだ。



 良かった…チハルが下に行った。

ホッとしているわたしにサキちゃんが言う。「重い」

「…」

「なんか弟クン…」とサキちゃんが続ける。「ほんわかからドキドキの、どっちかつったらドキドキよりのシスコン、て思ってちょっと萌えてたら、結構重いよね」

「いや!」と、取りあえず私は否定する。「今はちょっとあんな感じになってるけど、中学ずっと寮に入っててまた急に戻って来たから、家族との距離感おかしくなってるだけだから。そのうち落ち着くから」

「「…」」

どうしてだろう。重いと私も思っているのに、他人から突っ込まれたらついチハルをかばってしまう。

「たぶん彼女とか出来たら私にも普通になると思うから」

「「…」」



 チハルはそのまま階下から戻って来ず、私たちは3人で他愛もないクラスの話をしたり、教師の話をしたり、やっぱり押し入れからアルバムを出して見たり、サキちゃんが持って来てくれたロールケーキを食べたりした。

 帰る素振りも見せないサキちゃんが部屋にあった私のマンガを読み始めた所で、ヒロセが「そろそろ」と言う。

「ワタナベ、ほら、帰るぞ」

「弟クン、どっか行っちゃったのかな~~」

帰ったのかもな…おばあちゃんとこへ。

 初めてうちまで来てくれたヒロセとサキちゃんに、まだ帰って欲しくないなって気持ち半分、帰ると聞いて安心しているのも半分。

 二人を見送るために一緒に階下に降りると母しかいなかった。



 「もう帰っちゃうの?」と母がヒロセとサキちゃんに言う。

「ありがとうございました」とヒロセ。

「どう?ヒロセ君。チナちゃん、じゃなかった、チナは学校ではどう?」

なぜサキちゃんではなく、ヒロセに聞く。

「どうって…」とちょっと困るヒロセ。

「ヒロセ君から観たらどんな感じ?」

「お母さん、止めてよ」

「あ~~…」とヒロセ。「あの、オレも困ります。…なんかそういう改まってお母さんとかに聞かれると、…すみません」

照れながら言うヒロセだ。それでも付け加えてくれた。

「今年一緒のクラスになれて良かったです」

 



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