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大事

 話してしまいたい。

 そうしたら、こんなに嬉しい事を言ってくれるヒロセの前で情けない気持ちにならなくてもすむ。

 …でも言ったらおしまいだ。言ってしまったらヒロセが私に向けてくれてる優しい気持ちも、きっともうもらえない。



 ずるいな私は…すごくずるい。

「ヒロセ…ごめん」謝るしか出来ない。

「もう~~~謝んなもう」

仕方なさそうに言ってくれるヒロセだ。

「あのね、…あのねうちの弟…」

「いや、オレんちの弟からもさっきちょっと聞いたんだけど」

意を決してチハルが本当の弟ではない事を告げようとしたのに、それをヒロセにさえぎられ、しかもチハルと同学年のヒロセの弟から聞いた事だと言いかけるので、とたんにきゅうっと胃が縮む。


 「オレんちの弟とはクラス違うけど、やっぱいろいろ話は聞いてるらしくてさ。女子がキモトの弟の事をしょっちゅう話題にすんだって。キモトと学校から帰ってるとこの写真も1年の女子の間で回ったらしくて、やたら姉ちゃんと仲良いって。そしたらキモトの弟は、親が共働きでいつも姉ちゃんに面倒見てもらってたから、姉ちゃんの事が大好きなんだって言ったらしい」

…そこまで面倒みてないよね私。ていうか普通、大好きとか高1の男子が高2の姉に言うことじゃないよね。

「それ言ったら女子から悲鳴が上がったらしい。すげえよな?」

「…」

「だから知ってたわけだけど、」とヒロセ。「あれ程とは思わなかったし。でもまあ良い弟じゃん。姉思いで」

「そんな事ないよ。私はそこまで面倒みてない。共働きっていってもお母さんパートだし」

気が小さいのでつい本当の事を言ってしまう。

「そうなの?でもまあそれで」とヒロセが続けるのでまた胃がきゅるん、とする。が、ヒロセは言った。

「他のクラスの女子まで来たりする事もあるらしくて、キモトの弟んとこ。でもそういう時にはそっとクラスからいないくなったり、『他に迷惑だから静かにして欲しい』って普通に言うし、ほとんど男といるらしいのが、男子からも好感持たれて、さらに女子には返って受けてんだって。余計カッコいい、とか言われて。得だよな」

んん…何て答えていいかわからない。でもちゃんと男子とうまくいってるなら良かった。



 がヒロセはまだ続ける。ヒロセがチハルの事を話せば話すほど、私は本当の事が話せなくなってしまう。

「それで、じゃあつって、男子の間でどんなタイプが好きなのかとか、モテるのに何で彼女作んないんだ、って話になってキモトの弟にもしつこく聞いたやつがいたらしいんだけど、」

…わ、止めて欲しい…

「キモトの弟は、最終的にどんな子を彼女にしたいかって聞かれて、姉ちゃんより大切に思えるような子がいたら、って答えたらしい」

「…」

『姉ちゃんより大切に思えるような子がいたら』?


「それでほら、キモト見にくる1年、男子もいたんじゃねえの?」

「男子も!?」

「オレもあんま気付かなかったけど、さっきうちの弟が言ってたし。そいで結構驚いてた。オレがアイス食いに行ったのと、あの弟の姉ちゃんが同一人物ってわかって。さっきは知らん顔してたけど、あの後騒いでた」

見に来た子たちはどんだけ「?」って顔になってたんだろ。残念!みたいな感じ?

 なんだろう…そんなリアクションをとられる現場を見たわけでもないのにイラっとする。



 ていうか…チハル、ちゃんと答えてんじゃん。

 私より良い感じに思える子がいたらすぐ付き合うよ、って事でしょ?私より大切に思える子なんてすぐに現れる。

 …ごろごろ現れたらどうしよう。って自虐的な事思ってる場合じゃない。私より大事に思える子がいたら彼女にしてもいいって思ってるくせに、どうしてあんなに簡単にキスして来たり告白して来たり、ヒロセとの事をムキになって邪魔してきたりするんだろう。

 腹立つ。



 「…早くそういうヤツがキモトの弟に出来たらいいよな」ヒロセが少し恥ずかしそうに言う。「そうしたら、あんなに躍起になって邪魔しに来たりはしないだろ」

「…うん」

「いや、オレも弟じゃなくて妹がいたら、って思う。妹に自分が認めたくないヤツが寄って来たらやっぱ嫌だし」

「そうなの!?でも妹がいたらすごく可愛がりそうだよね。ヒロセずごく大事にしそう。…うらやましい」

「なに仮想の妹うらやましがんだよ。オレはでも…」

ヒロセが言い淀むので何を言うんだろと思って凝視してしまったら「見んなって」と言われた。

「ごめん」

「ごめんじゃねえよ。オレにもし妹がいても、オレはキモトの方を大事にするから」




 …うわ…

 これって…

 これって告られたも同然じゃないの!?

 …あ、また胃が痛くなってきた。とてつもなく嬉しいはずなのに。それでちゃんとすごく嬉しいとも思えているのにこの胃の痛み。

 …恐ろしくヒロセを騙しているような気になる。


 「でもさ、姉ちゃんに今みたいな感じだったら、彼女が出来たらどんだけなんだろな。すげえ束縛しそう。ちょっと怖ぇえわ」

 …ダメだ!!やっぱ言えない!

「…ヒロセ、…本いいの?」

話題を変えるために言ったが、ヒロセが私をじっと見つめてからパッと目を反らす。

「今度の土曜か日曜」とヒロセが目を反らしたまま言う。「遊びに行こう。今度こそ。いい?」

「…うん…あ、あった!」

ヒロセが探していた本を見つけた。物理の棚ではなく、その横の化学の棚にちょっと目をそらしたらあった。誰かが見て、元の棚に戻さずにそこに差してしまったのかもしれない。

「ほんとだ!サンキュ。キモトはまだ勉強すんの?」

「うん…いや、わかんない…」

「じゃあ借りて帰るわ。行きたいとこ、オレも考えるからキモトも考えて。それから弟に悪かったなって言っといて。せっかくキョーダイ仲良いとこ邪魔して悪かったなって。ほんとはオレが家まで送りたいとこだけど」



 …ダメだ。もう絶対言えないような気がする。

 だってヒロセが本当に良い人過ぎる。怖いくらいだ。もっと早く言うべきだったのだ。なんだったら入学式の時に言うべきだった。私とチハルが似ていないとヒロセに指摘された時に、実はうちは…って。

 あんなに感じ悪かったチハルにまで気を使ってくれて申し訳なさ過ぎる。そして本当の事が話せずにごめんなさい。

 あいまいに苦笑しながら結局うなずいてしまった。ヒロセは「じゃあな」と言って本を借りに行き私はさっきの席へ戻るしかない。

 が、元の席にチハルはいなかった。学習室を見渡すと端のテーブルに後ろ向きに座っているチハルを発見。席を移動して4人がけのテーブルの端に一人で座っている。その隣の席に私のかばんもあった。





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