いっそのこと
「あのな」とチハルに少し恥ずかしそうに切り出すヒロセ。
「せっかく二人で勉強しに来たとこ悪いんだけど、ちょっとだけ姉ちゃん貸して欲しい」
わ~~~~、と心の中で叫ぶ。
「あ~~」とちょっと不届きに笑いながら、それでもきっぱり答えるチハル。「ダメですね」
わ~~~~!!
「…いや…」と、ちょっとうろたえたヒロセが困ったように私を見る。
何だこいつって事だよね。この弟、何?って事だよね。
「チハル、もう向こう戻ってて」
「いや」チハルが言う。「貸す、とかそういう言い方も腹立つし」
「チハル!」
「…キモト」ちょっと呆れた感じも交えて言うヒロセだ。「キモトんちの弟は異様な程姉思いだな」
「はい」チハルが不敵に笑って答えた。
嫌だこいつ、何言うつもり…
「はい、オレは姉ちゃんの事大好きなんですよ」
わ~~~もう…んん~~~…。心の中で一人唸りまくる私。ヒロセがわざわざ戻って会いに来てくれたのが嬉しいのに、この場から一人だけ逃げ去りたい。
「悪かったよ」とヒロセが言う。「言い方悪くて。でもこの後ちょっと姉ちゃんと話をさせて欲しい」
「話?」とチハル。「何の話ですか?てか、あなたが姉ちゃんて呼ぶの止めて下さい」
あ…。
ダメだもう…完全にヒロセに嫌われる。
「キモト、」ヒロセが呆れた感じで私に言う。「ちょっと嫌になるぐれえ大切にされてんじゃん」
「オレは…」とまた何か言いかけようとするチハルを慌てて止めた。
こいつ絶対言ったらいけない事まで言う!
「チハル!」
「ん?」と、普通の感じで返事をするチハル。
「…」何も喋らないで。
「何、姉ちゃん」
優しい声で答えるチハルが怖い。
この間のキスの事までヒロセに話しそうな感じすらするチハルが怖い。それ以上喋るな!と言いたいのに、そう言ってしまうと余計にチハルが余計な事を言いそうだ。本当は睨みたいのに、ヒロセに余計な事を言われるのが怖いと思って強気になれない私を不敵に笑うチハルだ。
「なあキモト弟」とヒロセ。「オレがキモトを誘うの嫌かもしんねえけど、オレだってキモトの事、…別にまだ付き合ってるわけでもねえけど大切だなって充分思ってるから。チャラい感じで声かけて来てんじゃねえから、そこまで心配すんな」
…そんな事まで言ってくれた…
すごく嬉しいはずなのに、チハルが余計に何か言いそうで怖さの方が増す。そして余計に自分の事がずるいヤツに思える。
「心配はしてないですよ」ちょっと笑って答えるチハル。「嫌だなって思ってるだけで」
「チハル!…止めて」
「まあそれだけ大切に思ってる姉ちゃんに近付くやつがいたら、どんなやつでも嫌かもしんねえけど」
いつも優しいヒロセがキレ気味だ。「でもな、そんな、そこまで言わなくていいんじゃね?」
ふっ、とチハルが笑うので私はもう何も言わせないようにとっさに言う。「チハル!もう何も喋んないで!。ヒロセ…ヒロセごめん」
「なんでキモトが謝んの?」
「…だって、私の…私の弟だから」
そう言った私に、ちっ、とチハルが舌打ちした。
「チハル。席に戻ってて」
言った私とヒロセを見つめるチハル。ヒロセが呆れた顔をしているのがすごく嫌だ。そして私だけを見つめるチハル。目が怖いな。でも負けない。
と思いながらも情けない感じで「お願い」と付け加えてしまう。
「お願い。席に戻ってて」
…ダメだな。
こういう所がホント、ダメ。ダメ人間。
チハルが笑う。「お願いならしょうがねえけど」
くそ!
チハルが席に戻るのを見届けて、「すげえな」とヒロセが吐き捨てるようにボソッと言うので、胃がキュッとする。
「…ごめん」
「だから、」と大きくため息をつくようにしてヒロセが言った。「なんでキモトが謝んの?」
「…」
「すげえ愛されてんじゃん弟に」
「いや!そんな事ないよ!」
否定し過ぎた私をヒロセが見つめる。
「ハードル高ぇわ。いや、絶対おかしいと思うわ。女子にモテるはずじゃん、弟。なのになんで姉ちゃんにばっかくっついてんのアイツ」
「…」
「最初は気のせいかと思ってたけど、的確にオレを近付けさせないようにしてるよな」
「…ごめん」
「…悪い。ここまで言うつもりなかったけど、なんかすげえ敵視されてっから、つい」
「…そんな…事ない…」
「そんな事ある!」
普段優しいヒロセがハッキリと言い切るので余計にその言葉は私の胸に刺さる。が、ヒロセは続けた。
「…なんかさ、仲良くしてえじゃん。ほんとは弟とも」
…良い人過ぎるな、ヒロセは本当に。そして私が本気で薄汚い気がしてきた。ヒロセをすごく騙しているような気になる。
いっその事全部ゲロしたら…チハルは本当の弟じゃないって。私の事を好きだと言っていて、キスもされたって。
…ダメだ。ダメだよね。
まずすごく気持ち悪がられそうだ。義キョーダイで付き合ってる、なんて認識を1回でもされたら、この先チハルが今みたいな気持ちを持たなくなったとしても、なかなかその印象は消えないだろう。そうしたら、この先どんな事があったってヒロセと良い感じなれるなんて事はない。
どうしよう…どうしよう…それでももうヒロセに話してしまおうか…




