表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/114

クセモノ

 「お母さん」慌てて言う私だ。「ごめんなさい。やっぱよかった、なんかごめんなさい」

「チナちゃ~~~ん」パッとこちらを向いた母になじられる。「ダメだって~~~。そんなね、すぐ他の人の気まずさを自分のせいだみたいな感じで受け取るのは、チナちゃんの優しいとこかもしれないけど。そんなんじゃすぐにね、チハルみたいなヤツにいいように思い通りにされちゃうんだから」

「…」



 どういう事!?

 チハルみたいなヤツにいいように思い通りにされる…

 私は母の言葉を心の中で繰り返す。

 …チハルって、実の母親にそんな事を言われるくらい悪い子なの?どういう事?私が思っている以上にチハルは嫌なヤツって事?他人の私にはわからない心の闇みたいな?

 けげんな顔で二人を見ている自分に気付いて慌てて普通の顔に戻す。

 そんな私を見て母がニッコリと笑った。

 …怖い。

 母の笑顔は綺麗だがここにきてのニッコリは怖い。

 いやもうなんかよくわかんないんですけど母と弟。

 



 そんなこんなの入学式だ。

 体育館の中へと誘導され、保護者は席に案内されるが在校生は入場する新入生を、入口から両脇に列をつくって立って拍手で迎え入れるのだ。

 適当に並んで立っていると、「あれ?キモト?」と後ろから声をかけられる。

 中学も一緒だったヒロセだった。去年は違うクラスだったけれど今年は同じクラス。

「お前、委員かなんか?」とヒロセは聞きながら私の横に立った。

「違うよ。弟が入学すんの」


 

 ヒロセは中学の時も話易い男子だった。

 どちらかというと人見知りであんまり交友関係広くなかった私でも、ヒロセとは普通に話せた。それはヒロセが相手が女子でも男子でも態度を変えない子で、男子でも女子でも気安い感じで当たり障りなく相手が出来る子だったからだ。私みたいに人見知りな感じだと男子もあんまり話しかけて来ないが、ヒロセは普通に話しかけて来てくれた。

 身長も私より少し高いくらい。170くらいだろうか。少し癖っ毛でどちらかというと可愛い感じの男子なので、余計気安い印象が持てるのかもしれない。



 「マジで?キモトんち弟いたんだ」とヒロセが言う。「オレもオレも。オレんとこも弟が入んだよ」

「そうなの?うちだけかと思った、年子のキョーダイが入学するの」

「まあ二人だけだろうな」

「だよね」

「めんどくせえよな?休みたかったのにオレは急に水本に昨日言われて。キモトも?」

 水本と言うのは私たちの今年度の担任だ。現代国語の担当。

「ううん…私は弟の合格が決まった時から出ようと思ってたんだ。弟は嫌がったけど」

「あ~まあ嫌がるだろうな。オレんちもウザそうにしてた」

やっぱり血が繋がってるキョーダイもそんな感じなのか?

「ヒロセのところも嫌がったんだ?」

「恥ずかしいから絶対オレの方見んなって言ってたから、すげえ見てやろうかと思って」

わ~~なんか可愛い。



 「キモトんとこは?普通は仲良いの?」ヒロセが聞く。

 聞かれて「うっ」と思う。

 もうずっと、最初に一緒に住み始めた頃のような仲良い感じにはなれていないし、この先ももうあんなに仲良くは出来る事はないとは思うけど。

 でもせっかく私に出来た弟だ。まず私はお母さんになってくれたタナカさんの事が好きだからね。だからあんなに私につっかかるチハルの事だって嫌いにはなれない。仲は良くないとは思うけど私はチハルの事を大事に思っている。大事な家族なのだ。だからここは嘘でも、っていうか嘘なんだけど割と仲良いよ、とか答えたいところだ。


 それで私とチハルが義理のキョーダイだと言う事をヒロセはもちろん、この学校の誰も知らない。

 チハルと血が繋がっていない事を知っている人は今、私の周りには一人もいないのだ。引っ越して来た時から一番仲良くしてくれていて、今でもたまに会うユマちゃんにすら話していない。

 父は転勤を機に母と再婚したので、ここでの私たちしかしらない知人には、私たち4人は元々の家族なのだと思われているのだ。



 「う~~ん…と…普通だと思うけど」

ヒロセにせこい嘘をつく。

 仲良くないどころか、まずチハルが私の事をすごく嫌がってるし。一緒にも住んでいないし。第一本物の姉弟じゃないし。



 私たちは普通の家族ではないのだ。

 例えば私の事はあからさまに毛嫌いするチハルでも、父の悪口を私の前では言ったことがない。本当の親子ではないからだ。私も母の悪口は言わない。まぁ母には悪いところなんてないけど、父はいっぱいあると思うな。うちの中ではいつもだらしない格好してるし。お酒飲んだらすぐにそのへんで横になって起きないし。それでも母が父にたくさん文句を言わないのは、父の事を大事に思ってくれているのももちろんあるだろうけれど、2度目の家族だから簡単にそれを壊せないと思っているのだとも思う。



 「ヒロセんとこは仲良いの?」と私も聞いた。

「仲良いぞぉ!ってほどじゃねえよ。普通。すげえ喋る時もあるけど。1歳しか違わねえから。小さい時はケンカも毎日したし、オレの言う事全然聞かねえし」

ヒロセの急に沈んだ言い方がちょっと面白くて、ハハハ、と笑ってしまって慌てて口を押さえる。先生たち何人かに睨まれた。

「言う事聞いてくれないの?」

「全然、マジで聞かねえ!のくせに彼女いるらしい。超ふざけてるわアイツ」

「彼女がいんの!?中坊だったのに?生意気だねえ」

「生意気だよな。オレにもいないのに」

ハハハ、と今度は小さい声で笑った。



 チハルも男子校だったとはいえ、彼女いたんじゃないかな。本人からはもちろん母からもそんな話聞いた事ないけど。私も前に『渡して下さい』って言われて、家の前でプレゼントやらバレンタインデーのチョコを見知らぬ女の子からチハルに渡すように頼まれ事があった。まぁ私が渡すと嫌な顔をしていたから、私も母に回して渡してもらうようにはしてたけど。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ