私がいけないの?
ヒロセ兄弟は図書館の裏手の方にあるスポーツ用品店へ二人でこれから行くらしい。
ヒロセにこんなところで会うなんて…もっと可愛い格好してくるんだった…こんな家にいる時と同じようなジーンズと春物の薄黄色のニットセーター。でも良かったグレーとか深緑とか着て来なくて。まだ救われたかもしれない。
ヒロセは黒の細身のジーンズに紺のパーカー。弟は茶色のデニムパンツにグレーの厚めの長袖シャツ。ヒロセの私服、初めて見た。特にオシャレをしていないけど学校と違うヒロセを見れて嬉しい。
…チハルはジーンズにグレーの麻混のセーター…なんか私とチハル、合わせたようになってない?
「昨日、ずっとじゃねえけど試合に出れて」とヒロセが話してくれる。
そっか出れたんだ良かった。頑張ってたもんね。
「でも結果的にうちが負けて、今日はなくなった。昨日ラインしようかと思ったけど、負けたの言いたくなくて。もっと良い結果残したかったから」
少し恥ずかしそうに話してくれる。
「そっか…」としか言えない私。
「お、そうだ、キモト弟」とヒロセがチハルに話しかける。「これオレの弟。同じ1年だからよろしくな」
それから自分の弟に話す。「お前顔知ってんじゃね?キモトの弟。入学式で挨拶してたし」
うん、とうなずくヒロセの弟が私をチラチラと見る。チハルの事より先に私の事を弟に紹介してくれたらいいのに。
「一緒にアイス食べた人?」とふいに聞く弟。
ドキっとしたが、「そうそう」となんでもなさそうにうなずくヒロセ。
わ~~なんか赤くなるどうしよう。今の、なんでもなさそうに当たり前に『そうだ』って答えてくれたヒロセがものすごくカッコ良い。
「僕も知ってます。ヒロセさんの弟」チハルが口を挟んできた。「すごくそっくりですよね」
「そうなんだよな。もうみんなから言われてさ。…キモトんちはいいな、性別違うから顔もそんな似てねえし。んんと?どこが似てんのかな…」
んん~~、と言いながらチハルと私をやたらじろじろと見比べるヒロセ。
「ちょっとヒロセ」と私は手で少し顔を隠す。「そんなマジマジ見ないで」
ハハハ、とヒロセが屈託なく笑った。「ていうかキモトキョーダイ、服がペアみたいな感じだけど」
「兄ちゃん?」と後ろから呼ぶヒロセの弟。「急がないと母さんたちとの待ち合わせに遅れるんじゃねえ?」
「あ~うん。そうだな。せっかく会えたけど」
ヒロセの言い草にドキッとする。
「ていうか」とヒロセが続けた。「いや、最初見かけた時に、キモトが誰かとデートしてんのかと思ったし。服も揃ってたから。…ちょっと焦ったかも」
あ…、ドキッを超えてズキッとした。
「キモト弟イケメンなのに…」とヒロセ。「休みの日まで姉ちゃんとって言うのも面白いけど。じゃあまたなキモト。後でライン入れる」
なんだろう…すごく嬉しい時間だったのに…付き合ってもいないヒロセに、なんで罪悪感を感じてるんだろう。ヒロセ兄弟を見送りながらそう思う。
…いや、感じるのは当然なんじゃないか?だって好きだと思っているヒロセに声をかけられて、普通に話をして、でも隣にいる弟に告白されてチュウもされてて、それを全く何でもないように隠してるわけだし…。
「イラっとする」とチハルが言った。
はあ!?なんであんたがヒロセにそんな…と思ったらチハルが言った。
「ヒロセに顔見つめられて嬉しそうな顔隠しやがって」
私にイラっとしたのか…
いや。急にヒロセに会って一瞬忘れてたけど、母が「本当にチハルでいいのか」って言い出した事を私はものすごく気にしてたんだった。
チハルは否定したけれど、やはり父にも母にも大概話してるんだろうか。祖母にまで話すってどういう事だ。
私?
もしかして私がいけないの?
母が言っていたように優柔不断ですぐにほだされるから?
優柔不断だけど、私はそんなに簡単にほだされたり流されたりはしない。
なんか…腹立つし…寂しい気持ちだ。…私の気持ちなんかそっちのけで、父も母もチハルの味方をしている。父はチハルに気を使ったのかもしれないけど、母も結局は自分の本当の子どものチハルの方が大事だって事?そりゃ大事だとは思うんだろうけど、父も母も先の事を全く考えてないって事?
仮によ?仮に私とチハルが付き合うようになったとして、でもうまくいかずに別れたりして、ぎくしゃくして、それでも家族でそれまで通りにうまくやるなんて出来ないと思うけど。そんな事になった時の事を父と母は想像しないのだろうか。大人のくせに。
まあ仮でもなんでもチハルと付き合ったりしないし私。
…それでもお互いまたちゃんと他に好きな人が出来て幸せなら、そんなわだかまりもないのかな…大人になって時間もたったら割り切れるんだろうか。
それならチハルと付き合って別れても、ずっと今みたいな家族でいられるのかな…
は!?と思う。何考えてんの私。
いや…いやいやいやいやいや…父と母がどう思っても、私は私でちゃんとする。ちゃんとみんなができるだけ明るく楽しく家族でいられるように私は流されたりしない。ヒロセと会えたのにも関わらず、今一瞬流されかけるような気持ちになったような気もするけど、でも私は流されない。
「チハル、まずご飯食べよう。お母さんに前連れてきてもらったとこに連れてって上げるよ。お金も私が持ってるから大丈夫だから」
今月分のお小遣いをまだそんなに使っていないから、二人分のご飯代は出せる。姉だし私。
「ついておいで」と言う。姉だから。
自転車は図書館脇の駐輪場に停めたまま、向かいの道の裏手にある商店街へチハルを連れて行こうとすると「姉ちゃん?」とけげんそうにチハルが呼ぶ。
「なあ、もしかして怒ってんの姉ちゃん」
「ううん」
「でも機嫌悪そうじゃん、せっかくヒロセに会えたのにオレが一緒だったし」
「怒ってないよ。あんたを違う男子と間違って焦ったって言ってくれたし」
「…へ~~」
それからまたしばらく無言で歩くと、「なあ」とまたチハルが言う。
「なあに?」
優しく横を歩きながら顔を覗き込むと。少し驚いた顔をしている。まあね。わざとらしく優しくしてるからね、今は。
見つめ合う私たち。負けないよ。
「見んなよ」とチハルが言って目を反らす。
勝ったよね私。
昼食をすますと図書館に戻る。さすがにこの時間になると開いている席が少ない。




