ごめん
「じゃあ行こ、姉ちゃん」
このタイミングでよくそんな口はさめるなチハル。
「行っておいで」とニコニコ顔の父。
「…」何も言わずに私を見つめる母が殊更不気味だ。
玄関で待ってるわ、と普通のトーンで言うチハルに私はどうしたら良いかわからない。
母の顔いろをチロッと伺ってしまうと母は笑った。
なんで笑ってんの怖いんだけど。
「姉ちゃんて」とチハルが私をせかす。
どうしたらいいんだろ…ていうか母はどういうつもりなんだろう。
「…うん」と力無くうなずき迷いながら、私は2階に上がって用意をするために立ち上がった。このままここにいるのもどうかと思ったし、何よりチハルに問いただしたい。
玄関の上がりに腰かけて待っていたチハルと外へ出る時に、あると思っていた父と母の見送りがなかったが、どこかからか私たちの様子を見ているような気がして、気弱な私は「行ってきます!」と家の奥に向かって言った。
「「いってらっしゃあああい」」と父と母の声。
が、二人とも顔は見せない。
外へ出てカバンを自転車のかごに置いたところで我慢できずにチハルに聞く。
「どういう事?お母さんは急になんであんな感じなの!?あんた、お母さんに何言ったの!?」
「別に何も。いいじゃん気にしないで」
「気にするよ!!」
「じゃあ図書館止めて映画でも見るか」
「意味わかんない!」
どうしよう、やっぱり行きたくないなどうしたいんだ私、と思いながら、チハルの後をついて自転車を押しながら家を出たところへ隣のおばさんだ。さっきの家族での会話で頭はいっぱいだが、こんにちはと平常心を装って挨拶するとニコニコと返してくれる。
「あらチナちゃん。…と?あら、なんだ、チハル君ね?まあ!大きくなって!久しぶりね」
お久しぶりですこんにちは、と恐ろしく優等生な感じでにっこりと答えるチハル。
「まあ…仲良くていいわねえ。うちなんかもう大人なのに兄弟仲悪くって…。でもおばちゃん、最初見た時チナちゃんがすんごいカッコいい彼氏連れてんのかと思って。ちょっとドキドキしちゃった」
それを聞いて私もドキッとしたが、適当に笑って流し、そこに留まれずに私たちは自転車を漕ぎ出した。
とにかくこのまま図書館へ行っても勉強なんか出来そうにないので図書館の隣にある小さい公園へチハルをつれて行く。そしてベンチに腰掛け気になっている事を問いただした。
「お母さんが後半変な事言ってたのは、あんたが昨日の事とか、その前の事とか話してるから?」
「いや」しれっと答えるチハル。
「じゃあお父さんに昨日の事教えたの?」
「昨日の事?」
淡々としたチハルの答えにイラっとする。
「昨日…その…あんたが私に話してくれた事を内容的に知ってるかって事!」
「そんな事まで細かく親に話さねえよバカか」
くそ…。
が、チハルが笑いながら言う。「でもうすうす感付いてるんじゃね?」
「…」
「昨日帰ったらばあちゃんにも聞かれたけど。うまく伝えられたのかって」
「へ?…おばあちゃんに?」
「オレが告った後力尽きて眠ったらそばに来て寝てやがったって言ったら、『チナちゃん可愛いねえ』って言うんだけど全然可愛くねえと思って」
「…あんた…なんでそんな事おばあちゃんに話してんの!?バカじゃないの!?」
「なんかばあちゃん聞くのうまいから」
「意味わかんない!もしかして!…この前の事とかも話してんの!?」
「この前?チュウした事?それは話してないさすがに」
「いや待って。いつもどんな事をどんな風におばあちゃんに話してんの?おばあちゃんに話したらお母さんに筒抜けでしょ!?」
「いや、ばあちゃんは結構口が堅い。ばあちゃんにはオレがむかしから…」
「やっぱいい!もう話さなくていい!」
今度祖母に会う時、どんな顔したらいいんだろう…
「ばあちゃんは…」とそれでも言うチハルに、もういいよ私聞かない、と言っても「いいから聞け」と言う。
「ばあちゃんもまずちゃんとキョーダイとして仲良くしてからだって言うから。なに?姉ちゃんは嫌なの?弟と仲良くすんの?」
急に真顔で聞くチハル。
「…いや、そんな事は言ってない。そんな事よりお母さんが…」
「オレは昨日、普通にキョーダイで仲良くしていくつもりなんだってちゃんと言った」
いや…普通ではなかったと思うけど。
「それもわかってくれねえの?それまで拒否られたらオレ…」
「…拒否ったりはしてない」
「そうかな」私の顔を覗き込むチハル。「オレが告ったからやたら気にして、今までよりオレの事を余計に避けようと思ってんじゃね?キョーダイなのに」
「…そんな事思ってないよ」
「オレは本当に、仲良くしたいんだよ姉ちゃん」
「…」
こいつ…なんかだんだん、口のうまい調子いいだけのヤツになって来てない?
本当はどういうつもりなのか探ろうと思ってチハルの顔をのぞくが、チハルは真顔のままで見つめ返して言った。
「ごめん姉ちゃん。勝手な事ばっか言って」
「…」
「ごめん」
「もうわかったから」
「本当に?」
「私だって…普通に仲良くしたいとちゃんと思ってるよ。でもさっきのお母さんの…」
「今日どうすっかなぁ~~。天気良いし、そこら辺ブラブラしてメシでも食う?」
「キモト!」
突然呼ばれて、声のした右側の、道路に面した方をチハルと同時に振り向いた。
ヒロセ!ヒロセとそしてヒロセにそっくりな弟!
「キモト」とさっきより優しい声でもう一度呼んでくれて、手を振りながら入口から入ってくるヒロセ兄弟。
私も勢い込んでベンチから立ち上がり、ヒロセが歩いて来てくれる方へ向かう。
ヒロセの弟もヒロセの後からついて来て、隣に並ばず後ろに隠れるようにしてペコンと挨拶をするのがとても可愛い。間近で見てもヒロセにそっくりだ。
「お~~」とヒロセ。「キモトんとこも弟と一緒か。もしかして図書館?ほんと仲良いなキモトキョーダイ」
「そんな事ないよ」と否定した所へ私の隣にチハルが並び、私はヒロセに対してもチハルに対しても気まずいような気持ちになる。




