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それでもどこかで

 逃げたら良くない。チハルは今私の事をどんな感じで好きなのかをちゃんと話してくれた。ここで逃げたら姉としても恥ずかしいような気がする。

 が、逃げたらいけないと思うのに、私は立ち上がるタイミングを計る。

 

 すぐそばにチハルがいる。体がくっついているわけではないのに、体温を感じるような気がして、チハルがいる右側の腕が熱い。

 どうしよ…やっぱ手を洗いに行こうとか言ってここから…そう思ってほんの少し体を動かしたのがすぐにチハルにバレる。

「逃げんなよダセえな」

だよね。ダサいよねやっぱ。



 でも私はいつもこうなんだよ。なのになんでそんな私の事をずっと好きでいたとか言うんだ。

 それでもチハルがこちらを見ずに言った。「オレはこうやって二人ですぐそばに座ってたら、…どうやっても触りたくなんの!触って、…くっついて、ずっとそうやっていたいって思ってんの!これからもずっと!そういう感じの好きなんだよ。ちゃんとわかれ」

やっぱ立ち上がりたい!そいで逃げたい。どうしよどうしよ…

「でも」とチハルが続ける。「父さんがまず良く話せって言ってたから。それでそういう事はチナがしてもいいって言うまでは絶対にしないでくれって」


 …チナがしてもいいって言うまではしないでくれ…

 チハルが今口に出した、父が言ったという言葉を心の中で繰り返す。

 何言ってんだ父!何言ってんだ何…

「だから、」と小さい声で言うチハル。「それは父さんとも約束したから」

「お父さんと約束とか!なんで!?私との事なのになんでお父さんと約束すんのよ!?」

「うるせえよ。お前がバカだからじゃん。すぐ逃げようとするし」

「はあ?もう意味わかんない。意味わかんない!」

 大声を出したのは私なのに、それに対抗するようにガタっとチハルが椅子を揺らし、私は、わっ、と身を縮める。



 「だから、」とチハルが言う。笑っている。

「だからキョーダイじゃなきゃ良かったと思ってたけどキョーダイで良かったわ。一緒にメシ食えるし、一緒に出かけられるし。誰かと付き合おうとしてんのだって邪魔出来る。姉ちゃん好きな弟って事にしとけばたいていの事許される。…あ、でもほら今日はカップルに間違われたじゃん。なあ明日は一緒に図書館に行こ」

「…ふざけてんの?」

答えずに微笑んでんのが気持ち悪いわチハル。

「て言う事で、」とチハル。「オレはちょっと寝るわ。夕べあんま眠れなかったから」

 一度洗面所に行って、戻ってきて、テレビを消してリビングのソファに横になるチハル。



 自由か!自分勝手な事ばっかり言って。

 しばらくぼうっとしていたが、一人になったテーブルで、もしゃもしゃと冷えきったポテトを食べる。そして振り返ってリビングのチハルを見る。ここからじゃ足しか見えない。

 ほんとにもう…どっちがバカなんだか…

 そう思いながらため息をついた。



 例えば一年後とか、いや半年後にも、いや、もっと早いかもしれない。他の可愛らしくてきちんとした感じの良い女の子に出会って付き合えるうようになったりしたら、今私に言った事を絶対後悔するはずなのに。

 今これだけの告白をしておいて、その時どんな顔をして私に『やっぱり…』って申し開きをするんだろう。

 ごめん、姉ちゃんて。

 まぁ許さないけどね。だってチュウされたしね。

 ほんとにバカだな…私よりしっかりしている感じなのに、あんな告白…途中から開き直ってるような気もしたけど。結構重いあんな告白…


 チハルの告白を思い出して今さら赤くなる。ドキドキしてくる。さっきは焦るのとあの場から逃げたい気持ちの方が大きかったけれど…

 そうか寝た後手を握られてたのか、そうか、抱きしめられてたのか…

 うわ~~もう~~~。


 でもそれは私が覚えていない、という事もあるけれど、チハルが言ったように性的な意味合いはなかったのだと信じられるから、聞いていてもそこまで嫌な気持ちはしなかった。

 きっと寂しかったのだ。お父さんも死んでしまって、それでお母さんも私の父と結婚したから。だから代わりに私に甘えてきたんだろう。

 だから、うわ~~とは思ったけれど、この間のチュウほど困りはしない…



 ここからではチハルの足しか見えないけれど、全然動かないようで、もう完全に眠ってしまったのだと思う。

 ゆっくりと立ち上がってそっとリビングを覗く。ソファのひじ置きを枕にして、横向きに寝入るチハル。寝顔はむかしとそんなに変わらない感じがする。

 …デカくなったよね…

 それで寝るもんな…あんな事言った後で。



 チハルの寝顔を見ながら、最初に『姉ちゃん』と私を呼んでくれた時の事を思い出す。

 ちょっとためらったように、そしてちょっと嫌々な感じで相いれない風に。それでも初対面の時には『オレは妹が欲しかったのに』って言われたから、姉ちゃんて呼んでくれた時には嬉しかったな…体がムズムズして、でも心はぽわっとあったかい、みたいな落ち着かない嬉しさ。

 二人で放課後、母の帰りを待って宿題をしたりテレビを見ていた頃の事も思い出す。

 あの頃の事を思うとほっこりした気持ちになる。チハルがだんだん私に嫌な感じを出してきて、それはそう長くはなかったけれど、私たちキョーダイの、本当の優しい時間だった。

 今また『姉ちゃん』て呼んでくれているけれど、それでまたそう呼び始めてくれた事を喜んだのに、チハルは違う意味合いで呼んでいたのだ。



 私が妹だったらどんな感じだったかな私たち。ずっと優しくしてくれたかもしれない…

 私が妹だったとしてもチハルは私を女の子として好きになってくれたんだろうか。

 お父さんとお母さんが出会わなければ私たちは会う事もなかったし、そもそも私の本当の母と、チハルのお父さんが死んでなかったら、どちらか一方だけでも死んでいなかったら私たちは出会わなかったのだ。きっと。

 

 …そうだろうか。それでもどこかで私たちは出会う事になったんだろうか。



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