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普通に出来ない

 家に帰り着くとやはり父はいないようで、玄関にはかぎがかかっていたし車もなかった。

 …どうしたもんかな…

 このまま家に入るの?二人きりになるのに?先週あんな事があったのに?あれからずっと私を『姉ちゃん』と呼び、今日はわざとらし過ぎる感じで『姉ちゃん』扱いはして来たけど…


 「姉ちゃん?」

鍵をバッグから取り出すのに少し間を空けてしまった私にチハルが言う。

「オレと二人なの嫌だ?」

「…いや!そんな事ないよ!」

困り感を隠すためにきっぱり否定し過ぎたその私の答えに、ふっ、とチハルが笑って聞く。

「怖い?」

「…」こいつ…

「オレと家で二人きりになるの怖いの?」

なんだその聞き方は。自分に非があるあるくせにムカつく。


 チハルを睨みつけて言う。「そりゃ怖いよ。当たり前じゃん。自分のした事忘れたわけじゃないんでしょ?」

一瞬驚いた顔をしたが微笑むチハルだ。ほんとムカつく。

「何笑ってんの!?バカじゃないの?」

「ごめん」

ごめん、という顔をしていないチハルが謝る。

 


 鍵開けるの止めようかな。今からどこか近くの店に食べにいくとか…

 ないな!近くにそんな店。駅の近くまで戻らないと近くにはコンビニとパン屋しかない。やっぱりモールで食べて帰れば良かった。

 …そっか!

「おばあちゃんとこ行こうか」と言ってみる。「お父さんの分、おばあちゃんに上げれば良くない?」

「残念」とチハルが笑う。「ばあちゃんは今週も出かけてる。児童館で読み聞かせのボランティア。だからあっちへ行っても同じだけど」

「すごいね…さすがだねおばあちゃん」

祖母はむかし幼稚園の先生をしていたのだ。




 「腹減った」とチハルが言う。

 もう~…と思いながら、ガチャッ、と鍵を開ける。

 ゆっくりとドアノブに手をかけようとした私の手よりも先に、チハルがノブを掴んでさっさとドアを開けながら言った。

「ほんと腹減ったって。なあ、そんなに心配しなくてもオレは普通に出来るけど?」

 はああ!?っと思う。

いやもう何回っていうかずっと思ってるけど、いったい誰のせいで私がこんな不安になってると思うんだ?


 「…あんた嫌い」とふっと口をついてしまったら、ハハハハハ、とチハルが笑った。

「笑うな。もうリストバンド返して」

「いやもうこれはオレんだから」

「…あんたになんか何も上げたくない。もう来年から無しだからね」

「ごめん」とまだ笑っているチハル。「来年も欲しいから。これもすげえ嬉しかったよ今日。そいで今の言い方すげえ可愛かったけど」

顔をまじまじと見つめてしまう。

 



 先に入ったチハルの後を追いながら一応呼んでみる。「おとうさ~~ん」

「なあなあなあなあ」と台所のテーブルに紙袋をドサッと置いたチハルが私を呼んだ。「普通のチキン味とソルティライム味どっち?」

「ソルティちょっと味見したい。ていうか!あんたちゃんと先に手を洗ってから!」

「あ~はいはい」

私だって普通に出来る。あんたさえ余計な事しなきゃね!



 台所のテーブルで食べる事にしたが、間が持たないので隣のリビングのテレビを付け、チハルの斜めに向かい合って座るが、そんな私の態度がなんとなく不自然な気が自分でもしてくる。ソワソワするのだ。ソワソワ、ぎくしゃくしている。気持ち悪い。でもそれも仕方がない。全部チハルのせいだ。

「うまっ!」とチハルが言う。「ちょっと冷めたけど、久しぶりだからうまいわ」

「うん、おいしいね。…ねえ、あの3人の女の子たちにお昼どこで食べてんのかって聞かれてたじゃん。もしかして鬱陶しがってどこかで一人で食べてんの?」

「ふん?いや、よく話すヤツ二人と外に出たりして食ってる。なんで?心配してくれてんの?」

「そうだけど」



 飲み物は冷蔵庫にあったオレンジジュースだ。手がチキンの油でヌルヌルになっているのをナプキンで拭いてグラスを持つ。黙々と食べていたチハルとチラッと目が合って反らしてしまう。不自然さをごまかすために「なんかあったかいの、飲みたくなってきた」と言ってみる。

「あんたも飲む?何がいい?」

「今はいい。姉ちゃん明日の予定は?」

「…何もないよ」

「ヒロセさんと会ったりは?」

ドキっとする。「そんな約束してない。今日も練習試合らしいから」

「試合観に行ったりとかしたいんじゃねえの?」

いやぁ…観たいとは思うけど、自分から行きたいなんて言えるような間柄じゃまだ全然ないし。本当は放課後の練習もまたこっそりとどこかからか見たかったけれど、そういう事をするのは気持ち悪がられそうで出来なかった。堂々とも当然出来ないし私。

答えない私にチハルが続けて聞く。「あの後進展は?」

「…何もない」

 


 こいつ…今はどんなつもりでヒロセとの事を聞いてきてるんだろう。

「あんたは?本当はどんな感じの女の子が好きなの?」

チハルが驚いた顔をしている。そして、「本当は、って?」と聞く。

「いや…あそこで会った3人の子たちとか、ちゃんと可愛い服着て髪もお化粧もちゃんとしてたし、と思っただけ」

「オレは姉ちゃんが好きだけど」

「…」

ポテトをつまみながらさらっと言うチハルを見つめてしまった。



「…でもちゃんとキョーダイとしてってあんた言ったよね?」

「まあいいよ」

何がまあいいんだ。なんでまた好きだとか放り込んできた。

「オレは知ってた。今日父さんが出かける事」

「どういうこと!?」

「出かけるからってオレに言ったから」

いないの知ってて二人で帰って来たって事?

「いやそんな」とチハルが苦笑する。「そんなマジで気持ち悪そうにすんなよ」

「するよ!だって…」

「大丈夫、今日はこの前みたいな事はしない。ていうか、好きだつってんのに、どんな感じの子が好きか聞いてくるってお前こそどんな感じだよそれ。超ムカつく」

「…だって」

「だってじゃねえわ。…父さんがな、ちゃんと順序を踏めって」

順序?

「だからオレはシスコン設定に入ったの」





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