キモト?
「姉ちゃん、こういう色も似合うんじゃね」
チハルがマネキンが着ている茶色の薄手の生地の、プリーツの膝上のスカートを指して言う。ウエストに水色の細いリボンがついていて、それを前で結ぶ感じの作り。
そう。私も見たとたん可愛いなって思ったのだ。おとなしめだけど可愛い感じ。着てみたい。
チハルが何気なく言った。「今日のそのセーターも可愛いけど」
マネキンをぼんやり見ながら「ありがと」と言ってしまってから、え!?と思う。
「…何言ってんの?」
「可愛いって」笑いながらもう一度言うチハル。
「気持ち悪!」
「着てみたらいいじゃん。見てやるよ」
「見てくれなくていいよ」
「ヒロセとのデートに着ていけるじゃん」からかうように言うチハルだ。
「…」着たいけど。「誘われてないから。まだ。いいの、ほっといて」
本当は昨日帰る時、試合頑張ってって言いたかったけど、充分頑張って練習しているヒロセに、そんな事を私が言うのはどうかと思って止めたのだ。
…もしヒロセがデートに誘ってくれたとして、最初のデートで思い切り気合いを入れて可愛い格好で私が行ったら、ヒロセは引かないかな…引くよね。ヒロセに誘われても普通の格好で行こう。
「わかった」と私。「あんたの服見よう。お姉ちゃんが選んで上げるよ」
先に男の子のコーナーへ行く。
…私も引くかも。最初のデートで、男の子があんまりオシャレし過ぎてきたら。
でもヒロセならきっと普通の格好で着てくれる。月曜に私の頭をポンポンしてくれたヒロセを思い出しながら、さらっとシャツを見ていく。
「姉ちゃん」とチハル。
呼んだなまた。
チハルが笑いながら言う。「あんま真剣に選んでくれるっぽくねえじゃん。てかヒロセに似合う服とか見てんじゃね?」
「見てない」見てたので即答してしまう。
「いいじゃん」と私。「あんた見た目がいいから何着てもたいがい似合うよ。今日だって普通の服だけどカッコ良く見える」
「…」
何照れてんの!?自分で選ばせようと思って褒めすぎたか私。
「なんだかんだ言って」とチハル。「そういう事、ふいに言ってくるからな」
「いやゴメン褒めすぎた」
「…」
結局セール品の濃い緑のシャツ1枚しか買わないチハルだ。
「ご飯食べなくていいから、なんかいいの買いなよ」と言ってやる。
「うるせえよ。お前…じゃなかった姉ちゃんがこれがいいって言うからだろ」
確かに言ったけど。それに本当に似合ってたし。まぁこの店早く出たいっていうのもあったけど。…今『お前』って言いやがったな。
「大丈夫」と私。「すごく似合ってた」
「…」
だから何照れてんの!?セール品のシャツが似合うって褒められて。
「姉ちゃんも買えば?さっきのスカート」
「いや、今日はいい。値段見たらまあまあ高かったし…」
「せっかく似合いそうなのに」
なんでチハルが残念そうなんだ。「いいって。今度お母さんと買い物に来るから」
言いながら店を出たところで「キモト?」と呼ばれてキョーダイで振り返る。
先生!
こんなとこで担任に会うとかあり得ない。
「お~弟~」と水本がチハルを見るとチハルがペコンと挨拶をした。
「お~」と水本がもう一度言う。「バスケ部に入部してくれた弟~~。ありがとうな~~弟~~。間近で見るとほんとにイケメンだな」
言われたチハルが返事に困って、間を置いて「あ、いえ」しか言わないのがちょっと面白い。
「仲良いな~~」と水本が言う。「キョーダイで買い物とかって。仲良いな~~」
繰り返す水本にそわそわしてきたので聞く。「先生は一人ですか?」
「うちもな~キョーダイで来てんだよ。ほらあそこ」
と水本が指した向こうにいる男の人の後ろ姿の、一つに束ねている髪が長っ!!腰まである髪久々見たな…。あれが前に言ってた水本の髪が伸びるのが異常に早い弟か。大げさに言ってるだけかと思ってた。
いったいどれくらいの期間であれだけ伸びたんだろう…。そう思っていたら水本が言う。
「今彼女が旅行に行ってるらしくてさ、髪切ってくれる相手がいないらしくて、あんな感じ」
あんな感じって…
彼女が旅行に行っていているだけの間にあんな感じっていうのがなぜかなんて、私は絶対水本に聞かない。適当に挨拶をしてこの場を去ろう。
その気持ちが通じるようにチハルを見る。分かった?退散だからね?
「なんかお前らほんと仲良いな~~」またしつこく水本が言う。「歳が一つしか違わないからかな。キョーダイって言うよりカレカノに見えるな!」
焦るが敢えてゆっくりとしぶい顔をして首を横に振る私に水本が笑って言う。
「だって見てたから結構前から。一緒に服とか選ぶんだな」
「先生!あの、親に買い物頼まれて来て…じゃあ失礼します」
「キモト」と水本が言う。
「「はい」」とチハルと私。
「あ~姉ちゃんの方な。撤収早いな。こんなとこで担任と会ったら嫌なの?」
嫌ですよ。「いえ。そんな事ないですけど」
「ないですけど?」
何を促すように聞き出そうとしてんだ水本。
そうこうしているうちに髪の長い水本の弟が来てしまった。さすがにキョーダイ、顔と雰囲気が水本に似ている。水本よりほんの少し背が高い。
「なになになになに」と弟。「兄ちゃんの教え子?このカップル二人とも」
「違う違う」と水本。「カップルじゃなくてキョーダイ。姉ちゃんの方がオレのクラスの子」
仕方がないので水本の髪の長い弟にもペコンと二人でお辞儀した。
「へ~~~~~」と水本の弟が私を頭の先から足の先までまんべんなく見るので恥ずかしい。
「可愛い子じゃん」と弟。「こんな子がゴロゴロいんの?クラスに?羨ましいな兄ちゃん」
その言葉にチハルが私の腕を掴んで私を自分の方へ引っ張った。
「ちょっ!お前」と少し慌てる水本だ。「生徒に誤解を与えるような事言うの止めろ。ほら、キモトの弟が心配してる」




