一緒に買い物したいだけ
お金を払って無造作にリストバンドの入った紙袋を渡す。贈り物用でもなんでもない、店の名前が入った茶色の普通の小さい紙袋だ。
「ほら!おめでと。自分で持ちなさいよ」
「ありがと」チハルがニへッと笑う。
『ありがと』だって。すごい素直じゃん気持ち悪。
「じゃあ次本屋な」
チハルが言いながら私の手を掴みかけるのでそれを避けた。
「…なにすんの?」
「あ~~…何となく」
じっと見つめてしまう。
「あんた自分から言ったじゃん。普通にするって」と自分とチハルを交互に指差して言った。「手なんかつながない」
「なんか、父さんが映画でも観て来いってお金くれたんだけど」
「…ほんとに?」
どういうつもりだ父。この間からどういうつもりなんだ本当に。
「ほんとほんと」とチハルが言う。「何観る?」
姉弟で?これから?映画観るの?
「いや」と私。「本屋でしょ?まず」
本屋で時間を稼ごう。それで父と母の買い物をして適当に帰るのだ。映画なんかチハルと二人で観たりしない。
何を買うのかと思えば料理本のコーナーへ行く。作ったりしてるのかと聞くと、「これからな」と言う。
「姉ちゃんも遊びに来たら作ってやるよ」
「…もしかしておばあちゃん調子悪い?」
「いや、ばあちゃんは出かける時にもオレに作り置きとかしてくれんだけど、さすがにそれは悪いなって思えてきたから」
「そっか…あんた偉いね」
「姉ちゃんは何欲しい?誕生日」
私の?私に誕生日のプレゼントとかしてきた事なかったじゃん…「…まだ先だし。わかんない今から」
少し離れてふらふらと手芸のコーナーを観ていた私をチハルが呼ぶ。
「姉ちゃん!」
ビクッとする。声が大きい。本屋なのにもう!
「姉ちゃんて」とまた呼ばれるので、「しっ!」と黙らせるがチハルは私を手招きする。
回りにいた老若男女が私を見たので、さっとチハルに寄り、「声が大きい!」と注意する。
「離れるからだろ」とチハル。
「いいじゃん。あんたもまだ自分の見たいもの見なさいよ」
「いや、もうそんなに見るもんない。映画館に回って先にチケット買っとこう。ゴーストバスターズ」
「…ゴーストバスターズ?見るの?」
本を買うためにレジに並んだチハルより先に店を出て通路の脇で待つ。
ゴーストバスターズか…。父と母がむかし観て面白かったと言って、前のシリーズを家族に成り立ての頃、DVDを借りて4人で観た事があった。
…でもそれ、ヒロセが一緒に観たいなって言ってくれてたやつだ…
「私はやっぱ映画はいいや」出て来たチハルに言った。「…何か食べて帰ろうよ」
「映画なんか二人で見たら、オレが手でも繋いでくるかもとかって思ってる?」
「…いや…思ってないよ!」
出来るだけきっぱりと答えたつもりなのにじっと私を見るチハル。
「もしかして」とチハル。「ヒロセさんと観る約束してんの?」
するどいな。
「…してないよ」
「なんで嘘つく」
「いや嘘じゃないよ。…約束はしてないから。…今んとこ一緒に行きたいって言ってくれてるだけ」
「へ~~~~」
「約束したわけじゃないから」繰り返してしまう。
「へ~~~~。そっかそっか。わかった。どうせ学生証持ってきてなかったし」とチハル。「姉ちゃんもだろ?じゃあ映画は来週にしよ」
「いや…来週って…」
「はっきりヒロセが約束してくれたわけじゃないんだろ?それで実際誘われなかったらダサくね?」
「…」痛いところを…。
「よし、じゃあ誘われなかったらオレと観たらいいじゃん来週」
チハルが父に渡されたメモを取り出した。
「目薬とシェービングジェルと後…」と確認する。「薬局行かなきゃな。母さんのは何?」
私もスマホを取り出しメモ帳を開き母から頼まれたものを確認した。
薬局へ移動しながら、通路脇の店をチラチラと見て歩く。
「姉ちゃん服でも見たら?」
チハルが言ったが、いやぁ…あんまりこんな人の多い所で目立つ弟とうろうろしたくないけどな。
「ほら」とチハルが言う。
服か…。今日はチハルが迎えに来た時に来ていたジーンズと黄色い薄手の春物の長袖のニットでそのまま来てしまった。髪も、一応出かける気でいたから寝ぐせは直したけれど…
周りにいる女の子たちを見ると、みんな可愛い色とりどりのシャツやブラウスにスカート、少しヒールの高い靴。やっぱりもう少しは可愛い服に着替えて来れば良かった…。
でも弟と買い物するのに、わざわざ可愛い服に着替えるのもどうなんだろう…。
チハルは黒めのジーンズ、長袖の薄手のグレーのTシャツに小さい水玉模様の紺色のシャツを羽織っている。普通にただ見ていると、地味な普段着だけどカッコ良く見えるなと弟ながら思う。やっぱり一緒にはあまりうろうろしたくない。
今日はいいよ、と言いながら先に歩く私をチハルが「姉ちゃん!」と殊更大きい声で呼ぶ。
「ちょっと!声大きいよ。近くにいるじゃん聞こえるよ」
「いやオレの話を聞かねえから。先に行くし」
「聞いてるよ。早くお母さんたちに頼まれたの買いに行こう」
「それがすんだらメシな。食って帰ろ」
「…」もう。「とにかく頼まれたの買うのが先」
また先に行く私をチハルが呼ぶ。「待ってよ、姉ちゃん!」
「ちょっ…!大きな声出さないでよ!」
周りの人たちが少し変な顔で見てるじゃん。
「先に行くなって姉ちゃん」
「もう!大きな声で『姉ちゃん姉ちゃん』呼ばないで静かにして!」
キョーダイとしてって確かに言ったけど、何…何でそんな極端な対応してくんのよ?
「オレも服見たい」
「…」
こいつ、すごく嫌な感じでキャラまで変わってる感じがする。何このわがままさ。
「姉ちゃん」
「静かにしてって」
「姉ちゃん!」
「わかったから!呼ぶなつってんじゃん!」
わかったから、じゃないよ私。と心の中で自分を突っ込む。なぜもっと厳しい対応が出来ない。
「シャツ買おうかな」とチハルが言う。
「じゃあお父さんからもらったお小遣いそれに使いなよ。ここでご飯食べるの止めといたらいいし」
「いや、大丈夫。ここ入ろ。ほら!姉ちゃんも一緒に入ってよ」
仕方ない。私も見るか、と思って女の子向けのコーナーへ移動しようとした途端「姉ちゃん!」とチハルが私を呼ぶ。
「オレのシャツ一緒に見てよ。どこ行こうとしてんの?」
「女子向けのコーナー」
「わかった。じゃあそっちから先に見よう」
「いいよ!私一人で見るから。あんたその間自分のものゆっくり見たらいいじゃん」
「姉ちゃん!」
「ちょっ…声張らないで。周りの人に見られるでしょ」
コイツ…絶対わざと嫌がらせで呼んでる。
「じゃあ一緒に見よ」とチハルが言う。
「…。あんたさぁ、どういうつもりなの?」
「一緒に仲良く買い物したいだけ」
そう言ったチハルをじっと睨んでしまう。
「いいじゃん、姉ちゃん」
またそうやって…「あんたほんと…もうここで『姉ちゃん』て呼んじゃだめだから」
「マジで?名前で呼べって事?」
「違う。私を呼ぶなって事!」
ハハハ、とチハルが笑った。




