それくらい
公園の帰りにスーパーにみんなで寄って食材を買い、祖母が出かけているのでチハルも夕食を食べて帰る事になった。
朝から晩まで家族4人で一緒。こんなの本当に何年振りだろう。
もう母も余計な事は言わなかったし、父も疲れているからかテンションが低いが、チハルも普通。特に私に絡む事もなければ、変に機嫌が悪くなる事もない。
チハルは母に部活の話を振られて、バスケ部に入ろうかどうか迷っているという話を普通に話したし、父も母もそれは入った方がいいんじゃないかと強くもなくやんわりとでもなく普通に薦めていた。来月のチハルの誕生日の話にもなり、祖母も一緒に外食に行こうという話も出て、父と母がチハルに欲しいものを聞き、私も一応同じように聞いたら、父と母には新しいバスケシューズと、私にはリストバンドが欲しいと言った。
リストバンドか。恐ろしいほど普通の要求。なんだお手軽、楽勝、お小遣い内で簡単に買えるし。それに靴とリストバンドをねだるなんて、ちゃんと部活はやる気になったんだな。偉いじゃん。でもまぁホントいろいろと腹立つし、許せないから100均で用意しようっと。
食事が終わったら母がチハルを祖母の家に送っていった。おやすみと言って普通に帰っていくチハルを見送りながら、今日もごちゃごちゃしていたけれど、何とか母にもちゃんと思っていることは話せたし、何かをクリアできたような気さえしてきた。まぁ昨日の事は絶対忘れられないけど…
いや!忘れよう!忘れてやる。忘れてやるんだからな、と心の中で帰っていくチハルに念を押した。そんな事を思う時点でものすごく振りまわされているのだ。そんなのは嫌だから私もこれからは意地でも普通に接してやる。そしてそれでも、チハルと二人きりになるのは絶対に避けよう。
風呂から出るとサキちゃんからラインが来ていた。
「なんかチナの弟、昨日バスケ部の顧問に明日も来いって言われてて、明日は姉と約束あるって言ってたから。顧問が『は?』って顔したんだけど、『姉がバスケ部勧めてくれたので今日は来てみました』って言ったら顧問が、『そうか、姉ちゃん大事にしないとな』って言ってて笑った」
なんで顧問にそんな事言うかな…と思ったが、サキちゃんには「自分がさぼりたいのを人のせいにするんだから」と送った。
「部活よりお姉ちゃんが一番なんだね!チナの弟」とサキちゃん。
しつこいなサキちゃん。
「でも誕生日にリストバンドくれって言ってたから部活も頑張る気でいると思うけど」
「チナに?リストバンド?そういうのって彼女からもらわない?普通」
…そうなのか?「でもお父さんたちにもバッシュー欲しいって言ってた」
本当に欲しいと思った実用的なものを言っただけだと思ったのに。
「またご飯一緒に食べようって言っといて」とサキちゃんから来たけど、「もう弟と一緒に学校で弁当を食べたりはしないよ」と送った。
翌日月曜日。
ヒロセが朝一番で寄ってきて言ってくれた。
「なあ、しつこいけどゴメン。土曜日」
「うん」
「今度絶対リベンジしたいから。試合すんだら」
「うん。ありがと」
「昨日何してた?何してたかって送ろうかと思ったけど、なんか恥ずかしいし、自分から約束無しにしたのにって思ったら聞けなくて、すげえ気になってやっぱ聞きたいから聞く」
普段ならこんな聞き方されたらすごく嬉しいはずなのに。
そしてどれだけ追い払おうと思っても土曜のチハルとの事がなかなか消えないのに、それでもヒロセには普通の顔をして家族で出かけた事を話す私。
「家族で?」とヒロセ。「ほんと仲良いんだな、キモトんち。弟とだけじゃなくて家族で仲良いんだな。てかオレが行きたかったし!マジで」
「うん。ありがと」
言いながらものすごく『コソコソと悪い事をしている』ような気持ちになったところへ、「ありがとじゃねえよ」とヒロセがムッとして言うのでドキッとする。
「まだどこにも行けてないんだから」
「いやでもそんな風に言ってくれて嬉しいって言うか…」
もごもごと言ったらヒロセが周りの様子をキョロっと伺って、パッと私の頭に手の平を乗せてきて、ポンポン、と優しくなでてくれた。
うわ~~、と思っているとヒロセも恥ずかしそうに少し目を反らす。
「今度は絶対」とヒロセが言ってくれる。「一緒に行こ」
嬉しい。嬉しいけど、嬉しい分、余計にチハルにされた事がイタい。土曜の事は無かった事にして私もチハルとは普通にしようと思ったが、もちろんそう簡単に2日で無かった事に出来るわけなんかなく、チハルとは普通に出来たところで、彼氏でもないヒロセに結構な罪悪感を感じる。
弟にチュウされたのに、みんなに好かれているヒロセと良い感じで仲良くなっていきたいと思うなんて、自分が恐ろしく図太いヤツに思えてくる。
でもあれは『された』んだし。
私が望んでしたわけじゃなし、させたわけでもない。
…させたのかな。母にあれだけ言われてたのに。
サキちゃんに途中までしか読んでいないマンガを返したら、もちろん「どうだった?」と勢い込んできかれたが、「面白かった」と淡々と答えてやった。サキちゃんが私の顔色を鬱陶しいほど伺って来たけど負けない。このマンガを隠そうとしたのが直接チハルとのチュウに繋がってたから余計負けられない。
そうだよね、アレがなかったらチハルはパン食べてそのまま帰っていたかもしれない。
心配していたが、休憩時間や昼にチハルがうちの教室を訪ねてくるような事はなかった。
良かった。私が心配するまでもなかった。ちゃんと普通にしてくれている。チハルだってそうそう自分のクラスメートやうちのクラスメートにおかしく思われるのは嫌だろう。
結局チハルは金曜まで、私のクラスに訪ねて来るような事はなかった。何回か見かけたが、それはずいぶん距離が離れていて、遠目に「あ、チハル」と思う程度。向こうは気付いていそうだったり、全然こちらは見ていなかったり。サキちゃんが、「1年の子がさっきチナを見に来てたよ」と教えてくれる事もあったけれど、私に直接話しかけて来るような子はいなかった。それでも見かけたらすぐ教えてくれればいいのにとサキちゃんに言ったのだ。チハルを好きな子に、姉の間抜けな姿は出来るだけ見せたくないから。
そして残念な事にヒロセとも普通。
がっくりだ。
ヒロセはもともと友達も多いから休憩時間も昼休みもたいがい友達と一緒だし、私にも普通に話しかけてくれたけれど、試合が近い事もあって放課後もすぐに部活に行ってしまった。特に何も進展なしだ。ラインは一日おきに来た。宿題の事と、部活がしんどいけど頑張りたいっていう事と、嬉しい事に私と観たいと思ってくれている映画の事。やっぱりちょっとは進展ありだよね。具体的に一緒に行きたいと思ってくれている映画の話が出てるんだもん。
後、水本にお礼を言われた。チハルが入部する事になったらしいのだ。私は本人からは聞いていなかったけれど。
そっか入部するのか。
それくらい教えてくれてもいいのに。




