せっかく
私をじっと見るチハル。気まずいからもちろん目を反らす。見るな!と心の中で叫ぶ。
チハルが言った。「なあ、飯食った後やっぱ行ってみる?遊歩道」
遊歩道には行きたいけどチハルと二人では行かない。
「行ってきたらいいじゃん。一人で」
突放すようにそう言った私を笑い、チハルがこちらへ手を伸ばそうとして来る。
「ちょっと!もちょっと離れて」
私だけがすごく意識してるような感じに自分でも思えてくる。
そんな私をチハルが笑って言った。「いいから」
「いいからじゃないよ、なにがいいからなの!?あんたほんとにふざけた感じでよくそんな事言えるよね」
「ふざけてはいねえって」
「ふざけてないなら少し離れて」
私がムキになるからからかってるのかな腹立つ。
「いいじゃんちょっとくらい。せっかく…」
「いいじゃんちょっとくらい、じゃないから」
低い声にビクッ!として振り返る。言ったのは後ろに立っていた母だ。父も一緒に戻って来ていたが、父は苦笑している。
ちっ、とチハルが舌打ちするので、「舌打ちするな」と母が言う。
「なにが『いいじゃん』なの?」母がチハルに冷たく聞く。
知らん顔のチハル。
「あんた何性懲りもなく、」と母が続ける。「なにが『せっかく』なの?言ってみ?」
やはり知らん顔のチハル。
「なに軽くチナちゃん触ろうとしてんの?この晴れ渡った大空の下でよくそんな…」
「いや、別に変な事しようとしたんじゃないよね?」と父。
変な事って何!そんな言い方しないで欲しい。
「チナちゃんも」と母。「そんな可愛い声で『もちょっと離れて♡やだあ~』とか言ってたら、男の子はコイツ触れって言ってんだなって思うんだから」
「言ってないからそんな感じでは」と言った私に対して、「「思う!!」」と声を合わせる父と弟。
その後父と母は何事もなかったかのように敷物に座りお弁当の続きを食べ始めた。
今一つ母の真意がわからない。チハルが私に絡むのを止める割には一緒にいさせようとしたり…
私とチハルも残りを食べる。でも良かった。父と母が帰って来てくれて。二人きりだと私はなんだか、チハルにいいように流されてしまうような気がする。母が言うように、まあ母の冗談めかした言い方もどうかと思うけど、嫌な事や受け入れられない事はあいまいな言い方をせずにきちんと拒絶しなければいけないのだ。次からがんばろう。
先に食べ終わったチハルが座ったまま大きく伸びをする。
「眠ぃ~~」と言ってそのままゆっくりと後ろに倒れ目を瞑るチハル。
「もう!」と母が言う。「デカいのに邪魔。まだ私たちご飯食べてんのに」
それを全く無視してチハルは目も開けない。
邪魔と言っていた割に、母はそっとチハルの顔に直接陽が当たらないようにタオルをかけてやった。
「大きくなったなぁ」とチハルを見ながら父がしみじみと言った。「最初に会った時にはチナよりちっちゃくて、顔もどっちかって言ったら可愛いくてきゃしゃな感じだったのに」
「チナちゃんも大きくなったよ」と母が私の事を言う。「それにすっごく可愛くなった。ね~~~」
私に振る母だ。私は苦笑するしかない。
嬉しいと思う反面、本当の母だったらそこまで娘の事を褒めないんじゃないかと思う。だってそこまで可愛くないのは自分でもよくわかっている。母は母で私に気を使ってくれてるのだ。普段は普通に大事にしてくれていても。
「それはアツコちゃんがちゃんと大事に育ててくれたからだよ」
父が言うと、ふふっ、と母は綺麗に笑った。「私、女の子欲しかったから。男の子一人しか子どもを持てなかったなって思ってたところに結婚して娘が持てて私は嬉しかった」
「アツコちゃん…」箸を止め、母をじっと見つめる父。
その父を小首をかしげならやたら綺麗な笑顔で見返す母。
私…ちょっと邪魔なんじゃないかな!私もチハルみたいに寝ちゃえば良かったかも。
それに幸せそうな二人を見てたらアレ?なんだか私がちょっとうるっと泣きそうなんだけど…
「あれ?」と母が言う。「チナちゃんのスマホ今鳴った」
母が自分の後ろの方に置いてある私のトートバッグを取ってくれる。
「あれ!?」と私の顔を見て今度は驚いた声の母。「何泣いてんのチナちゃん!」
「泣いてないです」
「チナ…」と父も言う。「チナはなんか、哀しい事とか怒りたい事とかよりも、ちょっと嬉しい事があった時とかに泣くよね」
「そんな事ない」
「そんな言い方しない」と父。「お母さんが今言ってくれた事がすごく嬉しかったからでしょう?」
「ねえほら、ヒロセ君からかもよ?」母が笑顔で私にスマホを見るように促す。
「…」
ためらう私だ。チハルをチラッと見てしまう。
そしてそれを母に見られてしまったようで母を見ると意味深な笑みを浮かべている。
何チハルを見たりしてんだろう私。おかしいじゃん。ヒロセからの連絡にチハルの反応を気にするなんて絶対におかしいのだ。それにたぶんヒロセからではない。
「ヒロセはまだたぶん部活してるはずだから」と私は母に言った。
「そうなの?頑張ってるんだね。何部?」
「…サッカー部」
「そっか~」と母。「見てみたいな~~。チナちゃんが気になってる子。チナちゃんが好きな子ならきっと良い子に決まってる」
母はチハルが寝たふりをして実は聞いてると思って、わざとヒロセの事を口にしている。…と私は思う。
でも私が思った通りそれはヒロセからではなく、サキちゃんからのラインだった。見たとたんドキッとした。
サキちゃんが「弟と公園デート中!!」とだけ。
「ねえ、ないの?」と母がはしゃいだ感じで言う。「ヒロセ君の写真。見たいな~~お母さん」
スマホの画面を見たまま首を振る私。そしてそっと消す。
「だれ?」と母。「やっぱヒロセ君?急に『会いたい』とか言われてんなら帰ろっか?ねえ?」
首を振って友達からだと答える私。そしてきちんと説明することにする。
「お母さんほんとに…ヒロセとはまだちょっと話せるようになったばっかりなの。ほんとにまだ全然。結構誰とでも良い感じで話せる子だから、他にも女の子で仲良く話せる子はいるとも思うし。…でもチャラい感じの子じゃないし、だから…」
「「だから?」」と母の加えて父まで催促する。
「ちゃんとお母さんには話すから、今は見守ってください。そんなすぐ付き合うとかは絶対ないし。こういう事言うのほんと恥ずかしいからもう」
父が言う。「どうしてお父さんには話せない?」
それを無視して私は「トイレ」と言いながら立ち上がった。
それでも何でサキちゃんは知ってるんだろう。今日の、たった今の事を。
今朝サキちゃんからラインが来た時に、今日は家族で外出の予定って教えたけど…さっきは確かにデートみたいなシチュエーションだった…
もしかしてあの時チハルと二人で歩いているのを誰かに見られたのかも!私の知り合いは絶対にいなかったっていう確信があるけど、チハルを知ってる子がどこかにいたのかも。それでツイートしてたりとか…それでもそれが今サキちゃんにまで回ってるわけはないと思うし…
取りあえず、何言ってんの?って普通の突っ込みを送ろう。予定通り家族4人で公園来てるって。




