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家族

 「お父さんありがとうございます」とチハルが改まって言う。「そいで母さんももういいから。母さんが姉ちゃんの事をすげえ大事なのはわかってるから。でもオレも…てか、オレはそれ以上に大事に思ってるから。…姉ちゃんの事」

…うわ…両親の前で何言ってんだ。それで赤くなる自分がバカみたいだ。

「だったら…」と言いかける母の言葉を遮ってチハルが続ける。

「だから別にいいよ。取りあえずオレは家族として仲良くしていこうって決めたから」

「じゃあ」と母が言う。「チナちゃんが誰か他の…ていうかヒロセ君と仲良くしても…」

「お母さん!」慌てて母を止める。

 止めて欲しい。こんなところでヒロセの名前を出すなんて。

が、もちろん母は最後まで言った。「ヒロセ君じゃない別の誰かと恋人同士に成っても邪魔しないって事ね?」

返事をせずにサンドイッチを食べるチハル。

 …ていうか家族4人で久々に野外に来たのにこんな話。この始末。青空の下せっかく美味しいお弁当の味も半減だ。



 「その話は」と頑張って言う私だ。「今はいいんじゃないかな」

「じゃあいつするわけ?」と母に即座に反撃されて委縮する。

「いや…それは家で…」

「チハルが家にいないんだから」母は強い。「今日が良い機会なんだって」

「大丈夫」と落ち着いたチハル。「オレはこれから毎週帰るようにするから。姉ちゃん送って帰る事もあるし」

「はあ!?」と母。

私も心の中で母と同じ声を上げた。

 そうだよね。それなら一緒に住めばいいじゃん、と思いかけて、すぐにそんなわけにはもういかないと思いなおす。もう絶対一緒には住めないのだ。一緒に住んだら嫌でもひどく意識してしまうに決まっている。


「チナ…じゃなくて」とチハル。「姉ちゃんもばあちゃんちに来たりしてくれたらいいし」

「なんで?」と母がチハルを睨みながら聞く。「なんでチナちゃんがあんたんとこわざわざ行く必要あんのよ。今チナってなにげに呼び捨てしかけたし」

「ちょっと、アツコちゃん」止めに入る父。「そんな言い方しなくてもいいんじゃないかな。キョーダイ仲良いのは良い事だし」

「何呑気な事言ってんの?」父に食ってかかる母だ。「チナちゃんがチハルに無理矢理いろんな事されてもいいって言うの!?」

「お母さんっ!!」周りの人の目を気にしながら今度は本気で止める私だ。「もうほんとに止めて」

ここはみんながのんびり過ごす広場なのに。そこまで近い所に人がいるわけではないけど大きな声でそんな事言うの止めて欲しい。



 「アツコちゃん」と父もたしなめる。「チハル君は無理矢理そんなチナが嫌がるような事しないよ。さっきチハル君がチナの事をすごく大事だって言ってくれてお父さんはすごく嬉しかったよ。そんな事を口に出して言うのは恥ずかしいんだから」

「そんな事言っても」と母。「チハルはむかしからチナちゃんに…」

「お母さん!」再び母を止める。もうマジで止めて。「もう本当に大丈夫だから。チハルだって普通に仲良くしていきたいって言ってくれたから。もうほんとここでそんな事話すの止めて。恥ずかしいよ!…私は私でちゃんと考えるから自分の事!」

珍しくというか、今までで初めてというくらいの感じで母に強い口調で言ってしまって、やっぱりすぐに心配になって母の顔いろを伺ってしまったが、そんな私に母は静かに「…ごめん」と謝ってくれた。



 もう父!と思う。どうして今日、急にチハルの味方みたいな感じになってるんだろう。父はどのくらいの事をいつから知っているんだろう。

 いや、そもそも父は私とチハルが付き合うような事になってもいいと思ってるんじゃあ…

「ちょっと」と母が低い声を出すのでビクッとしたが、母は父に言っているのだ。「ちょっと一緒に来て」

「えっ!」ちょっとビックリしている父。「僕?え?どこ?どこ行くの?」

「いいから。一緒に来て」

ドスの聞いた母の声にビク付き、チラチラと私を見ながら母に連行されて行く父。

その後ろ姿を見ながらチハルがクスッと笑った。

「なんかお父さんにすげえ悪いわ。母さんにずっと文句言われる」

「…あんた、お父さんに何言ったの?」

答えずにただ笑い返すチハル。

「なあ、サンドイッチうまい。オレ用の弁当に今度作ってよ」

「…お父さんに何話したの?」

「なあ、明日も一緒に弁当…」

「食べないよ!!」

「即答すんな」とチハルが嬉しそうに笑う。

何が嬉しいんだ、気持ち悪い。

「いいじゃん」とチハルが言う。「キョーダイなのに」



 私は忘れないよね。『キョーダイと思った事なんて1回もない』ってはっきり言われた事を。それなのに今日はやたらキョーダイ、家族、を強調するチハル。本当にそんな風に思っていたら昨日みたいな事絶対出来るわけないのに。

 あ、ダメだ。チハルが隣にいるのに昨日のチュウされた時の感覚が…

 

 いきなりぶんぶんと首を振ってしまい、「何急に」とチハルが聞く。

「何でもない!」

「びっくりするじゃん」

 …昨日、抱き締められた時、ちょっと動いたら「動かないで」って言われた。「勃ってくる」って…

わああああああっっ!なんで私はそんなヤツの横でご飯食べてんだろう。

 と思った所へチハルが片手を伸ばしてきた。凄い勢いでそれを避けてしまって、チハルが苦笑いをする。

「違う。なんか玉子みたいなの付いてる、ここ」

そう言ってチハルが自分の唇の端を触って見せる。

 玉子なんかどうだっていいよ。もうやだ、早く帰りたい。チハルのいない家に帰りたい。


 「やっぱオレの事ちょっと怖いんじゃん」とチハル。

「怖いよ!…うそだよやっぱ怖いくない。全然」

「母さんたち帰って来ねえな。父さん可哀そ」

「そんな事ないよ。きっと二人でぶらぶらしてんだよ。お父さんはお母さんの事すごく好きだから」

「ありがたいよな。あんな強気であんま女らしいとこもねえのに」

「そんな事ないじゃん!お母さんすごく優しい。すごく普通に私の事、自分の子どもみたいに扱ってくれて、だから余計お父さんはお母さんの事本当に好きなんだよ」



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