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ちょっとじゃない

チハルの言う通りだった。

昨日は泣かなかったのに。今になって、今までにない好意的な機嫌の良い弟を前に泣くとか。面倒くさいわ私。そして腹たつわチハル。

 そんな私を残念そうな目で見るチハル。それを恨めしく見返す私。


 見るな!

 睨む私をチハルが軽く舌打ちして少し笑い手を伸ばして来たので、とっさに身を引くと苦笑いされた。それでもチハルはそのまま私に近付きゆっくりと手を伸ばし私の頭を撫でるので、頭をぶんぶんと振ってチハルの腕を払いのかそうとするのに、わざとそのままふざけて少し力を入れて撫でてくるので、結局手でチハルの手を払いのける事になる。



 もう母たちのところに戻ると私が言うと、運動公園の脇の方に入口がある遊歩道に少し行ってみようとチハルは言う。

 小さくため息をついてしまった。

 なんでこの子と今、ここでこうしてるんだろう。なんできっぱり拒絶出来ないんだろう。今日だって私だけ参加しないって事も出来た…いや、参加しないなんて事出来なかったな。私が行かなかったら母も止めようと言っていたはずだし、父はすごく行きたがっていたし。私が行かないという事で父と母が残念な顔をするのが嫌だ。私だって昨日の事さえなかったら…

 だから無かった事にしたらいいのかな私も。一昨日からいきなり今日になったって思ったら。このままやたら感じの良いチハルを、あぁ嬉しいなぁって受け入れたらいいのかな。



「行きたくねえの?」とチハルが言う。「なあ姉ちゃん、全然楽しくねえ?かったりい?」

驚いてしまう。今までには考えられないような気の使いようだ。この期に及んでなんかちょっと可愛い感さえわざと出してない?何のつもりなんだ気持ち悪…

 けげんな顔をしているはずの私にチハルが笑う。

「オレはすげえ楽しい」

「…」



 運動公園の脇の方に遊歩道へ続く細い道があって、運動公園の方では小学生がサッカーの練習試合をしていたり、親子連れがバトミントンやキャッチボールをしてたが、遊歩道へ入っていく人は今のところ見えない。

 私は足を止め、先に行こうとするチハルを止める。

「私…サッカーの試合観とく」

じっと私を見つめてからチハルが言った。「どうしたの急に。ヒロセさんがやってるからサッカーに興味持ったの?」

 ぶんぶんと首を振った。違う。それは考えてなかった。私はただ人気のないところで二人きりになりたくなかっただけだ。

 「以外」とチハルが皮肉な笑みを浮かべている。「好きなヤツがやってるからって、今まで興味なかったもんに急に興味示すような女子っぽさも出したりすんだ?」

「違う!あんたと、…二人きりになるのは止めようと思ってるだけ!」

驚いた顔をしたがチハルはまたバカにしたように笑って言った。「昨日の事は何とも思ってねえんじゃなかったの?」

「…」

「どうもないってさっき言ってた」

「どうもないけど同じ目に遭わないように気を付けようと思ってるだけ!」

「へ~~」



 へ~~ってなんなんだムカつく。

「じゃあね」と殊更きっぱりと言ってみせた。「私こっち見てるから。行ってらっしゃい」

「なんだよ行こうよ姉ちゃん」

「あんたさあ…ちょっと甘えて姉ちゃんて呼べば私がなんでも許すと思ってんじゃないの?信じらんない!」

「行こうよ姉ちゃん」

なにコイツほんとに!「絶対に行かない!それで…やっぱ許さないからね」

ゲラゲラと笑うチハルだ。「なんとも思ってないって言ったくせに」

「なんとも思ってないけど許さないの!あんたの態度が悪いから!」

ゲラゲラゲラ。

「笑うな!」と怒鳴ってしまう。「なんも面白くないからね」

「うん」と嬉しそうに笑うチハル。

「うんじゃない!」

「わかった」とまだ笑っているチハルが言う。「わかったから行こう」

全然わかってないじゃん…「…あんた…あんたなんか怖いよ」

またゲラゲラと笑うチハル。いやマジで怖いから。

「姉ちゃんほんとバカだよな。今頃怖いとか。さっきも泣いてたくせに」

うざっっ!



 「だって一緒に歩きたいから」とチハルが笑うのを止めて言う。「普通に一緒に歩きたい。なあ、夏にここで花火大会あるじゃん。あれも一緒に来たい」

私とって事?

チハルが付け加えた。「家族で」

家族で?

「家族旅行とか今年からオレもがんがん参加するから」

 私はふいっとチハルの前から歩き出す。やっぱサッカー見るのも止めてお母さんたちの所へ帰ろっと。

こんなヤツ知らん。調子良い事ばっか言い始めやがって。自分から家族にあるまじきことして来たくせに。



 ずんずんと歩く。ヒロセ部活頑張ってるかな…ほんとはヒロセとここに来るはずだったのに…。

 歩くのを止めて、少し後ろを着いて来ていたチハルの元へ小走りに寄る。やっぱりちゃんと言っておこう。腹立つもん。

「私あんたが急に私に良い感じになっても、昨日の事絶対許したりしないからね。人の事バカにして!」

黙って私の話を聞いているチハルにさらに言う。「もっとちゃんと考えてごらん。先の事なんかなんも考えないで、今だけなんかちょっと私の事気にして変な事ばっかしてきてさ!でもすぐに今度は急に家族でとか言い出して、あんたが家族壊すような事してんのに!」


 チハルが私の肩を掴んできた。「ちょっとじゃねえからな!」

「イタっ!」

それでも私の肩を掴みながらチハルが言う。「ちゃんと考えてるしちょっとじゃねえよ。全然ちょっとなんかじゃねえからな。オレの方が年上なら良かった、とかな。せめて同じ学年なら良かった、とかな。もちろんまず、姉弟なんかじゃなかったらってオレはずっと思ってた」

「…」

「チナは」と言った声は急に小さい。「1回もそう思った事はねえの?」

掴まれた肩が痛い。それを正直に言う。

「チハル、肩痛い」

手を退かされるどころか逆にぐいっと揺すられる。「痛くしてんの!うるせえよ。オレの聞いた事には答えねえ癖に」




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