ピクニック
私だってそう思ってるよ、と心の中で思いながら私は力無く母を見る。
ありがたい。ありがたいけどお母さん、それは私の事を好きらしいチハルは、私の事をずっとは大切にも思わないし、優しくはしてくれないって事?
まぁでもそうかもね。チハルは一緒に暮らす事になった私の事が気になって、特殊な環境だからそれを好きなんだと勘違いしたまま、中学のになっても、そんな自分の感情と折り合いを付けられずに私にずっと嫌な感じだったのかもしれない。
そして日曜日の朝。今日は家族みんなでピクニックだ。
4月でまだ肌寒い感じだが、今日は風もなく空は晴れ渡り、遠くの方に薄い雲が少しだけ。絶好のピクニック日和。
…本当に行くのかな4人で。聞くと祖母は地区の日帰りバスツアーに参加して今日は不在らしい。
夕べチハルから私にはなんの連絡もなかった。母にもなかったらしい。
そりゃあ連絡しづらいだろう。あんな事したんだから。それでも今日は家族みんなで出かけるのを自分から言い出したりして…どんな神経してんだ。
そして夕べヒロセからラインが来た。
「今日はごめんな」って。それで「体育館にやたら女子が見に行ってんなって思ったらキモトの弟バスケ部きてたぞ」って。しかも「学校に水本来てて、キモトが弟バスケ部に来るように言ってくれて助かったわ~~って言ってきたんだけど」って。
水本め。口ききなんかしてやらなきゃ良かった。
朝9時きっかりにチハルが自転車でやって来た。
「あんたがバカな事言い出すから」と母。「朝から弁当作りちょっと大変だったからね」
「あ~~わりい」
…なんだろう…なんかよくわからないけど…言ってる内容のわりに母とチハルは機嫌が良いようにしか見えない。
父は昨日までの出張の疲れて少し眠たそうだ。だから母が運転する。
そしてそれでも父は嬉しそうだ。どうしようかって気にし過ぎてんのは私だけか。そりゃ気にするよね、するのが当たり前。なんなんだこの家族。しかも行き先が半月山公園。ヒロセと二人で行くはずだったのに。
その上チハルがグレーのパーカー、私が紺のパーカーだ。そろえたみたいで気持ち悪い感じがしたのでカーディガンに着替えようかと思ったが、逆に気にし過ぎて着替えた、みたいにチハルに思われたくないので着替えないというせこさを出足から出してしまう私だ。
運転しながら母がオアシスをかけ口ずさんでいる。その横で父がうとうとし、私とチハルは後部座席。
なんなんだこの家族と思いながらも懐かしいなという気持ちにもなる。
父と母が再婚してから動物園とか県北の森林公園とか、1泊でバンガロー借りてキャンプっぽいのにも連れて行ってもらったな。この4人で車に乗ってどこかへ出かけるのは本当に久しぶり。
そう思いながらチラッとチハルを見てしまったらチハルもそれに気付いて私の方を向いたので瞬時にパッと窓の方を向いた。
「何?」とチハルが言うが私は窓を見続ける。
「何?姉ちゃん」とチハル。
コイツ…昨日あんな事してきといてよく普通にしていられるな。
「なあ」としつこいチハルだ。「何?姉ちゃん。今こっち見たじゃん」
「見てない」
「見たじゃん」
「見てないつってんの」
「姉ちゃん」
バッとチハルの方を向いて怒鳴る。「何もうしつこいな!見てないって言ってんじゃん!」
「飴いる?」
不二家のミルキーを私にくれるチハル。「姉ちゃんこれ好きだよな。ばあちゃんが持たせてくれた。後、姉ちゃんの好きなガーナチョコも」
つい受け取ってしまった。「…ありがと」
もう!気が抜ける!
「どうしたのチハル」
今までオアシスを口ずさんでいた母がルームミラーで後ろをチラッと見ながら口を挟む。
「チハル、朝からお姉ちゃんに絡まないの」
「絡んでねえよ。飴上げただけ。母さんもいる?」
「今いらない。あんた昨日も来たんでしょ?」
「あ~~…姉ちゃんに昼メシもらった」
「へ~~」と母。「それで?」
「それでって?」普通のトーンで聞くチハルだ。
「チナちゃんと二人で食べたの?」
「いや」とチハル。「オレはパンもらってすぐ帰ったよ。なぁ姉ちゃん」
「…うん」
懐かしさと気まずさをいっぱいにして車はすぐに半月山公園に着いた。
駐車場に泊めた車から昼ご飯や飲み物、敷物やバトミントンのラケットセットを運び出す私たち。…ていうかバトミントンセット入れたの誰かな?…父だろうな。呑気だな父。
アスレチック遊具もある広場の一角の芝生の上に敷物を敷いて荷物を置き、取りあえず父と母が腰下ろしたので私も靴を履いたまま敷物の端に腰を下ろしたが気まずい。ソワソワする。そしてその私の横に30センチくらいしか間を置かずにチハルが同じようにして腰を下ろした。
ソワソワする!
「お父さん」とチハルが言った。
父に言ったのに私がビクッとしてしまった。
「ふん?」まだ眠そうに父が返事をする。
「今日一緒に来てくれてありがとう。出張の後で疲れてたのに」
「いや、お父さんも久しぶりに4人で出かけられて嬉しいよ。こういうとこにみんなで来てのんびりしたら疲れも取れるよ」
父は本当に嬉しそうだ。
「チハル」と母。「チナちゃんもサンドイッチ作ってくれたよ」
母!なんでそれをわざわざチハルに今言う。母も夕べあんな感じだった割には今日みんなで来れた事を喜んでいるみたいだ。…私だって昨日あんな事がなかったら普通に嬉しかったはずなのに。
母の言葉に「へ~~」だけのチハルの返事。
食べるな!どうでもいいような返事をしやがって。私だけソワソワしてるのがバカみたいだ。
「お父さんはさっそくだけど」と父がふぁああっとあくびをしながら言った。「ちょっと寝てみようかな」
言うとすぐに父は両手をゆっくり挙げて、伸びの体制をとりながら仰向けになって目をつむった。
母がタオルを畳み、それをそっと父の頭を上げて差し入れて枕にし、持って来た膝かけを父のお腹と足の辺りにかけ、父の顔に直接陽が当たらないようにずれて座ってくれる。
相変わらず父に優しくしてくれてありがとうお母さん。こんなに疲れた疲れた言ってすぐ眠っちゃう人なのに。
が、そんな父には優しい母が言った。
「チハル、チナちゃんと遊んでおいでよ。高校生キョーダイだけどさ。あ!チナちゃんはヒロセ君との公園デートの練習したらいいじゃん弟で」
「…」
私は言葉が出ないまま母を凝視する。が、チハルが母を睨みながら言った。
「わかった。よし行こう姉ちゃん」
立ち上がり歩き始めるチハル。二人きりにはなりたくないな。
それでもチハルは振り返り私を促す。「ほら、姉ちゃん。トロトロしてんなよ」
「あらあらチナちゃん」と母。「ちゃんと言わなきゃ。私本物のヒロセ君じゃなきゃ嫌なの!、くらいの事」
「お母さん…」
チハルが私の前に戻ってきた。そしてまだ腰を下ろしたままの私の腕を掴み立ち上がらせる。
「じゃあちょっとその辺行ってくるわ」と母に言うチハル。「姉ちゃんあっち、うさぎのいるとこ行ってみよ」




