お母さん?
そしてチハルの入学式。
私の通う、そして今度からチハルも通う事になった『やまぶき高校』は、うちからだと歩いて通える距離なのだ。それなのに、チハルがわざわざ自転車通学になる祖母の家に居候するというのは、本当に、どれだけ私のことを嫌がってんのか!って話だ。
昨日から帰ってきて久しぶりにうちに泊まったチハルは、せっかくの入学式なのに一人で先に行ってしまった。
夕べも久しぶりの家族そろっての食事なのに、あまり喋る事なくさっさとご飯を食べ、ずっと使っていなかった自分の部屋に、「寝る」と言って先に引き揚げて行った。。
「なんか…お母さん!」私は母に訴える。「ごめんお母さん、私の事が嫌でチハルがあんな感じなのは、お母さんにも悪いなとは思うけど結構腹立つ」
ハハハ、と母は笑ってから言った。「もう~チナちゃんの事を嫌いなんじゃないって~~」
いや私の事が嫌いなんでしょ?今さらそんな事言わなくてもお母さん。私の事が嫌だからおばあちゃんの家に住むんだってそう言ってたじゃんお母さんが。
「お母さん、変に気を使わなくていいよ。チハルが私を嫌ってるのはよくわかってるから」
「チナちゃん」母がなじるように私を呼ぶ。
「いいの。お母さんもその事では気を使わないで。しょうがないよ義理のキョーダイだし。そんなうまくいくわけないよ。しかも本当の子どもじゃない私がお母さんと住んでるし。そのせいでチハルがおばあちゃんの家に住んでるわけだから。…私やっぱり大学は家から出て通えるように頑張るよ。そしたらチハルも帰ってくると思うけど」
「もう、またその話?」
少し冷たげに母に言われてビクッとする。この間言った時のように母がキレてしまったら…と一瞬思ったのだ。だが母はふんわりと笑って言った。
「もういいんだよ。おばあちゃんちならすぐ帰ってこれるし。ね?」
そうかな。寮の時みたいにずっと行ったままになるんじゃないかな。
私が母に気を使っているようにチハルも、私には偉く反抗的なくせに父には気を使っている。
まぁそんなもんだよね。それは仕方がない。チハルは父に気を使うのも嫌なのかもしれないけれど、そこはちょっと我慢しなきゃいけないとこなんじゃないの?
玄関を出る時に、母が「嬉しいな」という。
「去年のチナちゃんの入学式思い出すね」
「うん。思い出す」
去年も今日と同じように晴れて、風のない暖かい日だった。去年のお母さんもとても綺麗だった。歳の割に若く見えるし、初めて会った時のように綺麗だなと思う。
「お母さん、チナちゃんの大学の入学式も行きたいな。チナちゃん、大学も家から通えるとこ行きなさいよ。絶対」
母が不意に言うので驚く。
「そんな事したら、チハルはもうずっと家に帰って来ないよ」
そう答えるとニッコリと母は笑って言った。「チナちゃんが出て行ったら嫌だな、お母さん」
お母さん…これから自分の息子の入学式に向かうところなのに…
そこまで私に気を使ってくれるなんて、もう泣きそうになってるよ私。ありがとう、お母さん。だからこそ余計申し訳なく感じるよ。お母さんにも、チハルにも。
「帰ってくるよ。チハルもそのうち」
母が明るく言うけれど、そんな事は信じられない。
私がずっと家にいても、本当にいいのかな。
少し歩くと家の周りの掃き掃除をしていた近所のシモヤマさんに会う。
「ま~~~~~!」
朝からハイテンションで話しかけてくるシモヤマさんだ。「お母さん綺麗ねぇチナちゃん。チナちゃんもお母さんそっくりになってきて」
言われて母と顔を見合わせた。『血がつながってないのにねぇ、へへ』って感じで。
でも母は私の本当の母と顔の造作が似ているので、どちらかと言うと母似の私と少しは似て見えるのは当たり前なのかもしれない。目の形とかね。全体を見ると断然母の方が綺麗だけど。
嬉しかったので母にしつこく言ってみる。
「お母さん、やっぱチハルだけ家出るの良くないよ。何とか今日もう一度、私が一緒に住むように説得してみるよ。私が大学行くまでの2年間我慢してくれればいいだけなんだから」
やっぱり母に寂しい思いをさせたくないと思ったのだ。が、母は明るい声で言った。
「ダメでしょ。我慢できないよ」
「えっ!!…」
さらっと言われて言葉を失ってしまった。
マジでっ!!
マジでそんなに一緒に住むの嫌!?
何様なのチハル。バカじゃんチハル。ていうか何気にさらっとひどくない?お母さん…
母をじっと見つめてしまう。
…もしかして…もしかしてお母さんも私の事が本当は嫌?
さっきシモヤマさんから似てるって言われた時には一緒に嬉しそうに笑ってくれてはいたけど…
え~~~…
…それは我慢しないでちゃんと言って欲しいな…言われたら言われたで断然凹むとは思うけど、それでも我慢されるよりはよっぽどいい。
あ…ダメだ…。今のが結構衝撃的過ぎて泣きそうなんだけど。さっきは嬉しくて泣きそうだったのに。嬉しい事をたくさん言ってもらえた後だっただけにダメージ激し過ぎる。
ダメだ泣いたらダメだ!
ダメ。私!頑張れ!
が、母はどういうわけか私を見て、やっぱり嬉しそうに、それは本当に嬉しそうにニッコリと笑った。
…怖い。
もう何にも言えなくなった。