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母の希望

 食事に降りて行くと父も出張から帰って来ていた。

「ただいま~~」と言う普段と変わらない父。「おみやげあるよ」

「…おかえりなさい」

「あれ?」と父。「なんか元気ないなチナ」

「ちょっと寝てて。起きたばっかなの」と答える。

「今日チハル君来てたのか?」と父。

バッと一瞬母の顔を見てしまった。

「来てたんだよね?」と私に言う母。

母はどんな風にチハルの事を父に話しているんだろう。

「…うん。すぐ…帰っちゃったけど」

「さっきお父さんにチハル君からライン来てな」と父。

「え?チハルとラインしてんの?」驚いてしまった。

「してるしてる」と嬉しそうに答える父。「してるよ結構。離れてる分。義理の親子だし、そこら辺はそういうとこでつながっとかないと」

私にもなかなか返事を返さないのに父には送ってるんだ…

 その父をちょっと睨む母。母が怖い。

 …え?まさかチハル、今日の事を父に教えたりしてないよね!?



 「明日な?」と父。「4人で出かけたいってチハル君が言ってくれてるんだけど」

「「…」」

今始めて聞いたのか、私と同じように驚いている母だ。

父が続ける。「半月山公園行きたいって、チハル君が言ってるんだけど」

「何のつもりで?」と母が少し怒ったような口調で聞いた。

「何のつもりって…」と母に苦笑いの父。「みんなで久しぶりに出かけたいって」

ちっ、と母の舌打ちにビクッとする私と父。

「そんなねえ」と吐き捨てるように言う母。「普通言い出さないから。高1の息子が、父親と母親と、それで高2の姉と一緒に公園行きたいとか絶対っ!言わないから」

「…いいんじゃないかな」と父。「うちは途中から家族になって、家族みんなで出かけた期間が短かったから。僕は行きたいけどね。いいんじゃないかな普通がどうでも。行きたかったら行けばいいんじゃないかなぁ」

そして父は私に言った。「チハル君は喋り方はキツかったり言葉が乱暴だったりするけど、男の子はみんなそんなもんだよ。チハル君はなんだかんだ言ってチナの事を本当に大切に考えてくれてるとお父さんは思うよ」



 ゆっくり首を振る母。「考えてるとは思うけど…」

 私、全く考え無しの事今日されましたけど。

「なんかキョーダイだけど」と父がちょっと恥ずかしそうに続ける。「チハル君はお姫様を守る騎士みたいなイメージだな。見た目からして」

母と私が父を凝視する。何言い出してんだ父。

「お父さん?」と私。

母がビックリし過ぎて言葉を失っていたので私が聞き返した。

「見た目だよ見た目」やっぱり恥ずかしそうに言う父。「チハル君とか女の子からそんな感じで見られそうだから。それに女の子って男の子にそういうの思うんじゃないのか?王子さまとかそういう」

痛いな父!恥ずかしいなら言わなきゃいいじゃん。どうしたんだ中2病か。そんなヤツに私は無理矢理チュウされた挙句に歯を食いしばれるだけ食いしばったら、『すげえ阻止するじゃん』て言われたんだけど。



 「チナちゃんがお姫様なのはわかるけど」と母。

 今度は母を凝視する私だ。

 そんな私をよそに、ハハハハ、フフフフ、と笑い合う父と母。

 どうしたんだ父と母。


 さらに父はこう続けた。「いやモテるだろうねぇ。チハル君は。今度は共学だし。イケメンさんになったよ。優しい良い子だし」

「そんな事ない!」と今度は力強い母の反論に父と私はビクッとする。

「あの子は思いやりに欠けるのよ」母が吐き捨てるように言う。「自分の欲望に走り過ぎてそのために相手の想いを摘み取ろうとするんだから」

そんな母を優しい目で見ている父だ。



 母の『欲望』と言う言葉に、ああ~~~~~!と心の中で叫ぶ。またチハルの唇と舌の感触をばああっと思い出した。

「ねえ?チナちゃん?」と母が私に振るので、もう私はご飯を途中で止めて2階へ上がりたくなる。

「そうよね?」と重ねて聞く母。

答えられるわけがない。

「そんな事はないよ」と父。

「そんな事あるんです!」と母。「それに私は今チナちゃんに聞いてます」

「そんな事ないよな?」と私に振る父。

やっぱり答える事などできない私だ。無理矢理チュウされたから。

「学校でキョーダイ顔を合わせたりすることもあるのか?」と私に聞く父。

「…あるけど」と答えた私に被せるように急に笑顔になった母が言った。

「チナちゃんはね、気になる男の子が出来たんだよね~~~」



 あ~~~~~お母さん…。こんなところでその話放り込んできた。

 嫌いだ。今のお母さん嫌い。本当は今日の事も全部知っているんじゃないかと思えてしまう。もう~~という感じで母を見ると母がニッコリと笑った。

 悔しい。こんな時も母を本気で睨めない私の気の弱さが悔しい。

「おお?」と目を見張る父。「どんな子だ?」

 なんか…わざとらしい。もしかしてチハルと私の一連の絡みも、ヒロセとの事も全部母から聞いてるんじゃないだろうか。

「そうか~」と父。「チナもな、そんな歳頃だよな~。1回付き合うか付き合わないか決める前にお父さんのいる日に家に連れてきなさい。お父さんがチェックするから」

「余計な事よね~~~」と私に同意を求める母。「チナちゃん、ちゃんと男の子見る目あるんだから」

「…全然付き合うとかそういう話にはまだなってもいないよ。この間ちょっと一緒に勉強しただけ」

「そうか。その子はチハル君より格好良いのか?」

「なんで!?」と私が言う前に母がキレ気味で言った。「なんでそこでチハルを出すの?」

「いや…」と急に気弱な感じになる父。「近場の基準的な感じ?」

「チナちゃんはいろんな男の子ともっと知り合って」と母。「ちゃんと一番良い男の子を選ばないと」

「それはどうかな~~…」と口を挟みかけた父を母が睨む。

「ちゃんとチナちゃんの事をすごく好きで、ずっとそばにいてチナちゃんの気持ちを大切にしてくれる優しい人を選んで欲しいな~お母さんは」



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