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3巻ではきっと

 何か…お母さんがすごい。

 ていうか。

 ていうかチュウされてたとか。


 母の話を聞きながらチュウのところだけがクローズアップされる。

 チュウされてたとかチュウされてたとかチュウされてたとか…なのにあんなに私に対して態度デカかったとか…ブスとかバカとか…ブスって言いながらチュウしてたとか…

 最低!


 それで最低とは思うんだけど、小学生の頃の生意気なチハルを思い出しながらだから、ショックは確かに受けているのだけれど、それでもなんかちょっと…笑ってしまいそうになるのはなんでなんだろう。

 …それはきっと小学生の、私より小さかったチハルだからだ。

 今のチハルにそんな事をされる事を想像すると…


 気持ち悪いとか、おかしいとか、そんな事よりもまず「ちょっと怖いかも」って気持ちがする…頬っぺたでも。前の押し倒された夢もチラッと思い出してしまう。



 「じゃあ!」と開き直ったように私は聞いた。「私のどういう所が好きだってチハルは言ってるの?」

「んんん~~~」と唸る母。ちょっと唇の端が笑っているように見える。

 笑うとか!あり得ないし!

「全部じゃないかな」とニッコリと答える母。

「お母さん、ふざけてるよね」

「ふざけてはいない」

 ムッとして見つめると、急に真面目な顔に戻って見返してくる母だ。



 「じゃあ止める」と私は宣言する。「明後日チハルと出かけるのはもう止める!」

「じゃあヒロセ君と行くの?」

 …それはどうかな。1回断っちゃったのに。

 今から行くとか言ったら、誰かとの約束が取り止めになったからって思われるかも。

 ふん?と私の顔を覗き込む母。

「お母さん、面白がらないで」




 母が階下へ降りて行ってしまうと、頭の中がグルグルと回り始めた。

 ヒロセからのラインのやり取りから、電話での話とその後の母との結構濃いめの話をぐるぐるぐるぐる高速で何回も何回も思い出す。思い出してまた「あ~~~~」と声を出したくなるのを必死で我慢する。

 また母がやって来てはいけない。


 チハルからラインの返事もない。

 でももうどうでもいい。チハルの部活の話なんかホントもうどうでもいい。

 私は関係ないもん。母の事も知らない。そりゃ遠慮してるよ本当の親でも弟でもないんだから。一緒にいてもらえて、よくしてもらって、って思ってるから、母にも『面白がらないで』って言うのが精いっぱいだ。うるさいほっといて、とか、もう部屋に入って来ないで、なんて絶対言えない。



 どうしよう…明後日の事、チハルに行くの止めようって言おうかな。

 母にあれだけ言われたのに、約束通りキョーダイで買い物に行くとかしたくないし。…あ~でもチハルの誕生日に何かあげるって言っちゃったな…

 誕生日のプレゼントを一緒に選ぶとかマジでカレカノみたい…



 やっぱ行くの断ろう!誕生日は何か適当に自分で考えてあげるとしよう。

 水本から頼まれた部活の話のラインの返事もやっぱりまだ来ないまま、チハルにまた送る。

「ごめん、明後日買い物に一緒に行こうって言ってたけど行けなくなったから。あんたの誕生日には勝手に私が考えたものあげるけど、文句言わないでよ?」

 これも数分後には既読になったけれど返事はなしだ。もう知らない。



 ベッドに入るが眠れない。まだ10時ちょっと過ぎただけだし。

 気を抜くと小学生のチハルがそっと私にチュウしている絵が浮かぶので、それを払うためイヤホンで音楽を聞く。

 それでもチハルの事を考えてしまう。小学生の時のクソ生意気な私より小さいチハルがそっと私の…


 ダメだ…小さいチハルを振り払ったら、今のチハルが出て来た!



 こっちに越してきて、なれない学校に通うのが嫌で、朝出かけにぐずぐずしていたら、チハルが1週間だけ一緒に行こうって言ってくれた。結局1か月くらい一緒に行ったけど。

 あれは心強かったよね…

 逆に私はどれほど姉らしい事をして上げただろう。

 「オレが寝るまで読んでみて」って言われて、読み聞かせのまねごとみたいな事をした事と、自分が食べる時についでにおやつやお茶を出してあげた事くらいしか浮かばない。



 それならチハルは何をもって私を好きだとか言ってんだろう。

 ずっと近くにいる他人の女子だったから?

 それは有り得るよね。母によると、離れた後、今でもまだ私を好きらしいけど中学でも男子しかいないところだったからだと思う。そういうのなんて言ったかな…どこかに閉じ込められた男女二人が急激に相手を意識してお互い好きになるっていうような話…なんかそういう感じなんだろうな、よくわかんないけど。


 じゃあやっぱり今からは状況が変わるはず。チハルの周りには女の子もたくさん寄ってくると思うし。私だってヒロセと、ちゃんと普通に仲良くなってそのうち周りの人に堂々と『付き合ってます!』って言えるような感じに…

 そう思いながらもさっきの母との話で私も急激にチハルを意識している。

 たぶん顔を合わせたら挙動不審になってしまうだろうなっていうくらいに。



 そして眠れないので、チャレンジャーな私はサキちゃんが無理矢理渡してきたマンガが入った紙袋を開けてみた。

 いらない、ってサキちゃんには確かに言った。ヒロセから連絡が入る前にサキちゃんからラインが来たのだ。「もう読んだ?」っていう。もちろんその時は「読んでない」って返したのだ。

 見たくないとももちろん思うのだが開けていた。

 4巻まで入っていたのだが、取りあえず紙袋から1巻だけを取り出し、裏表紙のあらすじを見てみる。


『1歳違いで仲良く育った姉のカオルと弟のハルカ。実は姉のカオルは子どもの出来なかったハルカの両親が養子としてもらった子どもだった。それを知ったハルカは…「あんたはオレの本当の姉ちゃんなんかじゃねえんだよ」と言いながらカオルに無理矢理キスを…


 ガサッ!とマンガを紙袋に戻す。ダメだ!ヤバいヤバいヤバいヤバい…

  

 …う~~~ん…ガサッ。

 小さく唸りながら、今度は2巻を取り出してあらすじを見る。


『姉カオルと血がつながっていない事がわかった弟のハルカは、キョーダイじゃないのがわかる前から好きだったと告白する。ずっと本当の弟だと思っていたカオルはそれを受け入れる事が出来ないが、事あるごとにハルカはカオルに迫ってきて…「オレはもうあんたのことをを姉ちゃんなんて思えねえんだよ!!」…


 ハルカ!もう!と思いながらガサッ!とまた2巻も紙袋に戻す。そして紙袋の口を閉じて通学カバンに入れた。きっと3巻では親が法事や旅行で家をあけて二人きりで一晩過ごしたり、姉弟二人して他の誰から言い寄られたりしてもやもやするのだ。明日速攻で返そう。

 


 



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