作戦なの
「なあ」とヒロセが改まったように言う。「やっぱちょっとだけでも会いたい」
ドクッと胸が揺れる。「うん」とだけ答える。
「明後日、昼からとか無理?オレ明日は当番も回ってきて、片付けとかもあるから。無理だったら残念だけどまた誘うわ」
明後日…明後日はチハルと約束した日だ。どうしよう…
「無理だったらちゃんと言って欲しい」とヒロセが言う。「元からオレの方が無理言ってんだから」
どうしよう…チハルに「ごめん」て言って約束無しにしてもらおうか…でも私から明後日って言っちゃったからな…どうしよう…いったんチハルに連絡して約束を無しにしてもらって、それから返事しようか…
「まぁアレだよな」とヒロセが言う。「急に言ってもな」
「いやそんな…」
「また今度、ちゃんと誘うわ。今度はオレが考えてオレの行きたいとこにキモトに一緒に行ってもらう」
「…うん、ごめん」と結局言ってしまう私だ。「ありがとう」
「ああああああ~~~もう~~~~~」と電話を切った後、一人部屋で呻く。
せっかくヒロセが言ってくれたのに私はバカだ。
…バカだ私。チハルの機嫌が悪くなるのを避けようとして…
「チナちゃん」とトントン、私の部屋のドアがノックされた。
風呂上がりの母だ。ヤバい。今の声、大きかったかも。
「ねえねえチナちゃんチナちゃん、どうしたの?明日着ていく服が決まらないの?」
ドアを開けるなり母がニコニコしながら聞くが、明日のデートの中止を伝えると残念そうな顔をして見せた。
「着ていく服を迷ってんじゃないかと思って、そういうとこ見たくて見に来ちゃったのに」
母は変だ。チハルが私を好きだと言ってやたら気にさせといて、それでもヒロセとちゃんと付き合った方が良いとも言う。
「ヒロセくんてどんな子?」と母が聞く。「前にちょっと聞いたけど。写真とかはないの?」
中学の時のなら卒業アルバムに載ってるけれど、わざわざ今それを出して母に見せるのもどうだろう。彼氏でもないのに。
「今日はチハルとは帰らなかったんだね」と母が聞く。
「帰らないよ。そうそう弟と一緒に下校したりはしません」
「学校では会った?」
お母さん…探って来るなあ!
でも。弁当を一緒に食べたよね。そんな事は絶対に秘密だ。
けれどあの時だってチハルはサキちゃんに、私の事が心配だからって言ってたし、今好きな子いるのかって聞かれて『いない』って答えてたし。相変わらず二人きりの時も姉ちゃんてちゃんと呼ぶし。絡んでは来るようになったけど、くそ生意気な態度にも変わりはないし。
「いや、ほんと、お母さん。私、誰かと付き合うとかなったら、絶対まずお母さんに相談…ていうかちゃんと話すと思う」
「…へ?…」ぽかん、とする母。
あれ?そんな反応?
「え、…と、ごめんなさい。お母さんが嫌ならしないけど」
すぐに私がそう言ったので、母はふふっと笑った。
「チナちゃん。チナちゃんてさ、そんな感じだよね、ずっと」とお母さんが言う。
「…へ?…」と今度は私がぽかん、とする。
母が言った。「チハルの事にしても、チハルが一緒に住まないのを自分のせいだと思ってるわけでしょ?違うって言ってもずっと気にしてた。ずっと気を使ってるよね。もっとわがままになった方がいいんだって、チナちゃんは。私に対しても」
できないよね、そんな事。本当の子じゃないから。それでも母には、結構なんでも話したいと思うのも本当の気持ちだ。チハルとの事を言われてからはちょっと違う感じになってきたけど。
「できないよね~~~」と母も言った。「だって私たち、本当の親子じゃないもん」
「うん…まぁ」
「今私が言ったら、やっぱちょっと切なそ~な顔したしねチナちゃん」
「…」
「チナちゃん。私はチナちゃんの事好きだよ。それでチナちゃんも私の事好きでいてくれるのわかってる」
「…」
「何泣いてんの!?」お母さんがビックリして声を上げる。
ずっ、と鼻水をすする私。「いや、泣いてないです」
「泣いてるじゃん!!もう~~…そんなんだからチハルにも…」
…え、なに?
ずっ、とまた鼻水をすすって聞く。「そんなんだから何?」
母はそれには答えず続けた。「もっと好きなようにしていいんだよ。本当のお母さんじゃないけど、これからも普通に仲良くしようよ。まあ好きだけどね。チナちゃんのそういう風にいろんな事気にしてくれるとこも」
「…」
「もう!」とお母さんが私を睨む。「嬉しいって言ってんの!恥ずかしいじゃんもう。チナちゃんが、私に彼氏出来たら教えてくれるって言ったの、すごく嬉しかった」
お母さんも目をうるませている。
ハハ、と私はちょっと恥ずかしくて笑ったけど、結局私もまた涙が出そうだ。
母が言った。「チハルは明日チナちゃんがヒロセ君とデートだと思って邪魔しようとしてたのにね」
「あのね…それは掃除の時に、チハルと掃除場所が以外に近くて話をして、結局明後日買い物に行く事になったんだけど…」
「なんでそんな事になってんの?」
驚いた顔で急に冷たい言い方の母だ。
「いや、でもほら、キョーダイで買い物に行くなんて、お母さんの誕生日プレゼント買って以来かも」
「チナちゃ~~~ん」なじるように言う母。「なにそれ、わざとやってんの?チハルの誘いに乗りそうで乗らない、でも乗っかっちゃう、みたいな感じでどうしたの?小悪魔ちゃんなの?」
「何言ってんのお母さん。お母さんはチハルと私との事心配してるけど、だいたいお母さんが言ってるだけで、チハルには1回も好きだとか言われてないから」
「それも作戦なの。『姉ちゃん』て呼んで油断させて、彼氏出来そうなのも邪魔して来たでしょ?」




