お姉さん
「「「チハルく~~~ん」」」
パタパタと足音がして女の子が3人、「「「ここにいたんだ~~~」」」と言いながら現れた。
ちっ、とチハルが舌打ちした。
「「「こんにちは~~~」」」と3人は私とサキちゃんにも可愛く挨拶をしてくれる。
髪が長めのキャタキャタした感じの3人組。全員私より10センチくらい背が低い。
「どちらがチハル君のお姉さんさんですかぁ?」と一人の子。
3人の女の子たちは私とサキちゃんを交互に見比べる。
「チハルのクラスの子たち?」と私は3人にではなくチハルに聞いた。
「…いや。知らねえ」
「「「やだぁ」」」と3人。「「「別クラだけど顔と名前、早く覚えて欲しいなぁ」」」
…なんか…すごい。
「悪いんだけど」とチハルがちっとも悪く思っていない感じをあからさまに出して冷たく言った。「今メシ食ってるとこだから」
「「「うんごめ~~~ん」」」と3人。「「「なるべく早く向こう行く~~~」」」
「ねえチハル君」とさっきの子とは別の子が言った。「こっちの端の人がチハル君のお姉さんでしょ?」
その子は確かに私の方を見て言ったが、チハルがキツい声で言った。
「あんたら失礼。オレの姉ちゃんだけじゃなくてその友達も一緒なのに、そういう声のかけ方止めてくんない?オレだってあんたらの事知らねえのに」
本当に冷たいな。私が言われたら速攻走って逃げてしまいそう。
…しょうがないとも思うけど。だって私だったらまず、自分の知らない人たちとご飯を食べてる親しくない人に声なんかかけられないもん。やっぱちょっと失礼だよね。
「「「え~~~」」」と言いながら3人で固まったままごちょごちょ話す女の子たち。
でもちょうど良いタイミングだ。弁当も食べ終えたし。私は弁当をバッグにしまうとゆっくりと立ち上がりサキちゃんを促す。
「じゃあチハル、私たち先に行くから」
「「「え~~~お姉さ~~ん、私たちチハル君の事いろいろ教えて欲しいんです~~~」」」
うわ~~~…お姉さんて呼んできたよ…
なんかもう勘弁してほしい。もう絶対チハルとご飯食べるの止めとこう。
「なあ」とチハルはさっきよりさらに冷たい感じで女の子たちに言った。「オレがいる時はまだいいけど、いない時にこの人に絡むのは絶対止めといて。この人、人見知りだから」
コラコラコラ、とチハルを睨む。1年生女子に私の事を人見知りだとか言うな。
「「「絡んだりはしないも~~ん」」」と甘えた声を出す女の子たちを尻眼に、サキちゃんは私を見てニヤッと笑った。
6時限が終わってそれぞれの掃除場所へ行く途中にヒロセに声をかけられた。
「なぁノートに書いてくれたやつ」とヒロセが言う。「半月山公園な。オレもあそこ、一緒に行きたいと思ってたわ。オレは掃除の後すぐ部活に行かなきゃなんねえから、細かい事夜にラインするわ」
うんとうなずく私にヒロセが「なぁ」とまだなにか話を続けようとするが言わない。
どうしたのかと聞いても言いにくそうにしていて、もう一度どうしたのかと聞くとやっと言ってくれた。
「…もしかして今日もまた弟と帰る?」
「え!?…いや…帰んないけど…なんで?」
「いや…ただ一緒に帰んのかなぁって思っただけ」
「帰らないよ」
「だってメシも一緒に食ってたじゃん」
「…」
「オレだって一緒に食った事ねえのにって思っただけ!」
言葉尻はキツいのに、ヒロセの顔が照れていて私は赤くなってしまう。
「もう~~!」とヒロセが唸る。「どんだけの姉ちゃん好きだよ。なんかお前んとこの弟嫌だ。なんかわかんねえけど。すごい負けた感じがするのはなんでなんだろうなって、オレが小せえ事言ってんなって話だよ」
「…」
「もう~キモト!そんな顔すんな。ヤキモチだよ悪いのかよ」
そんな顔って私、どんな顔してんだろう。赤くなってる事だけはわかる。頬が熱いから。
私の掃除場所は生物室だ。副担任が生物の担当で、それでうちのクラスは生物室の掃除を割り当てられている。ヒロセは担任の水本がいる、生物室の上の階の国語科の控え室の掃除だった。渡り廊下の手前にある階段まで一緒に行きながら、昨日私との電話をヒロセの弟に聞かれたらしくて、それをからかわれた話をしてくれて面白かったけれど、私はここでまたチハルの電話を思い出してしまった。
ヒロセに誘われた話をしたら、誘い慣れてるんじゃないかって言ったやつだ。
さっきもチハルの事をヒロセが言った時に、私もヒロセに、チハルが私とヒロセの事を心配してるんだと話してしまいそうになったが止めた。
もしかしたらチハルが言ったように、ヒロセは私を誘ってくれたみたいな感じで他の子を誘った事があったかもしれないけど…
それでもヒロセは本当に人との接し方がうまいと思う。ご機嫌をとるような言い方なんかさっぱりしないのに、話してくれるその言葉とわざとらしさのない態度で、さっきみたいな事を言われてもただ嬉しいだけだ。だからきっと、今までに誰かを誘った事があったとしても、その相手の事をちゃんと想って誘ったに違いない。
ヒロセは急に映画行こうとか買い物行こうとか、好きとか付き合おうとか言わないところが良いと思う。こっちに合わせてくれるって事だもんね。
ヒロセと付き合ったら嬉しい事や楽しい事がたくさんありそうだなって気持ちになる。なんで私は夕べ、チハルとヒロセを比べるような事を考えてしまったんだろう。
今日だってうちのクラスまで来て勝手な事をして。私が困る事なんて考えてくれてない。まぁ私の方が年上だから、わがままをされてもしょうがないのかもしれないけど、だったらもうちょっと年上として扱って欲しいよね。ただ『姉ちゃん』ってまた言ってくれるようにはなったけど、絡みは多くはなったとはいえ、私に対する態度はあまり良くないままだ。
まずお母さんがいけない。
母が変なことばっかり言うから。
確かに電話でチハルは私とヒロセの事を『邪魔する』って言ってたけど、サキちゃんに私の事を好きかって聞かれて、『キョーダイだから好き』だってはっきり言ったし。私の事が心配だって。
チハルとヒロセを比べたりなんかしたらダメだ。ヒロセと少しずつ、少しずつ、仲良くなっていけたらいいな。少しずつ…
が、掃除も終わりかけ教室に帰ろうとするところで呼ばれた。
「姉ちゃん」
チハル!?
私は階段を降りかけていて、チハルは渡り廊下からやって来たところだった。
「どうしたの?」なんでまたこんなところに…




