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気にしている

 「キモト」とヒロセだ。

おはよう、と普通に言う私。でも夕べの電話を思い出してちょっとドキドキして少し目を反らしてしまうと、ヒロセも少し恥ずかしそうな顔をして、「おす」と返してくれた。

「キモト宿題してねえの?オレの見る?…なぁもしかしていろいろ考えてくれてたから宿題出来なかった?」

 そうだよね…。ドキドキしたくせに忘れてた!

 ヒロセと明日どこ行くか私が決めなきゃいけないんだった…



 結局心配してくれたヒロセに貸してもらう事にしてさっそく宿題のノートを書き写す。

 ヒロセの字は男子にしては可愛い字だ。少し丸っこい。

 …どうしよう…ちゃんと考えてなかったヒロセとの約束。付き合ったらどうなるか、みたいな軽いシュミレーションはしたくせに。別れる時にはどうなるか、みたいな事まで考えたくせに。

 

 それでやっぱり、チハルが明日私と買い物に行くとわざわざ母に言ったのが気にかかっている。それは母が思っているように私の事を好きだからだろうか。そして母はあんな事を言った後でヒロセと行った方が良いって言うし、私の事がチハルより大事だって言うし…もう本当良くわかんないお母さん。



 ここは普通にヒロセと行くべきだよね?

 …って何を迷ってるんだろう私。

 ヒロセと行くのは当たり前じゃないか。ヒロセから先に誘われたんだしチハルは弟だし。…でもチハルの事も気にしながらヒロセと出かけたら、それはヒロセに対して失礼だよね。ていうかこんなに気にするっていうのがすでにおかしくないか?弟なのに。

 私の好きだなって思う男の子が義理の妹の事を気にしながらデートに来るなんて嫌だ。だってその男の子が義理の妹を気にしてたらそれは、義理の妹を好きなんだと思うもん。


 …じゃあ私もか?

 私はチハルを今気にしてる。

 そうなのだ。

 弟なのにとか思いながら私は、チハルの事が気になってきている。

 あんなに私の事を嫌って避けていたのに今私の事を好きだなんて…

 いや言われてないけどね!お母さんが言ってるだけだけよね。好きだよ姉ちゃんが、みたいに言われただけだ。

 お母さんが言ってるような感じで私が好きなら、なぜわざわざそこでは『姉ちゃん』て言ったんだろう。キョーダイだなんて思った事ないって言ったくせに。



 

 ヒロセから借りたノートの開いていた次のページをめくったら黄緑色の譜線が付いていた。

 その下に『ここに行きたいとこ書き込んで』と書いてあってそのすぐ脇に何も書いていない吹き出しが付いている。

 どうしよう…

 いっそのことチハルの事をヒロセに相談しようかとまで考えてしまう。



 宿題を書き写しながら、いろんな事を迷ってヒロセの用意してくれた吹き出しに『半月山公園』と書いた。ここから5キロくらい先の高台にある公園で景色もいいし、運動公園や体育館もあって卓球やバトミントンのコートも安くで借りる事ができるのだ。


 「ねえ」、とヒロセにノートを返しに行く私にイイダさんが声をかけてきた。

「もしかしてキモトさんてヒロセと付き合い始めたの?」

「ううん!」慌てて答える。「付き合ってはいないよ」

「ねえねえ、あの対面式で挨拶した1年のカッコいい子、キモトさんの弟なんでしょ?家でどんな感じ?彼女いるの?」

…一緒に住んでないんだよね!…でもそれはもちろん黙っておく。

「普通だよ」と答えると、「昨日一緒に帰ってたでしょ?」とヒダカさんも話に入ってきた。「キョーダイ仲いいねぇ。あんなカッコいい弟、超羨ましい!うちに弟いるけどさ、今中学だけどすんごい生意気で超普通の中坊だよ。ブスとかバカとか呼んでくるし」

「そんなのうちもそうだったよ!」ここは力強く言う私だ。「最近また『姉ちゃん』て呼び始めてくれたけど、まだバカにしてくるよ。たまたまなんだよ。昨日は」

「いや」とヒダカさん。「あんな弟だったらバカにされてもいい。いいってかそれも萌えるっていうか」

 何言ってんのヒダカさん。



 ヒダカさんは目をキラキラさせて続ける。「うちの弟とは全然違うって!あんな弟だったちょっとくらい生意気でもらいろんなとこ連れ歩いてみんなに自慢するよ私」

「逆に生意気なとこが良いじゃん!それ、すごいプラスになってるから」とイイダさん。「キモトさんお願い!ラインで送ってくんないかな弟の写真」

「持ってないんだよね」と私。「うちも中学の時生意気で、ほとんど口きいてなかったから。写真なんて持ってないんだよ。そういうのすごく嫌がるし」

「今度うちのクラスまで連れてきてよ」とヒダカさん。「超間近で見たい」

「いや、そういうのもすごい嫌がるから」

そう答えてハハハ、と笑ってごまかそうとしたら、「「いや、『ハハハ』じゃないから」」と二人に同時に突っ込まれた。




 ヒロセにノートを返した時チラッとふせんを見てニッコリ笑ってくれた。

 そしてそれが嬉しかったはずなのに、1時間目の現代文の時間、私はむかし家族で半月山公園に言った時の事を思い出していた。

 父と母とチハルと私。芝生が綺麗に植わっている広場の木陰の下に敷物を敷いて。4人で母が作ってくれたお弁当を食べて、私とチハルはその辺をうろうろしながら何となく遊具にチョロッと乗ってみたり、池を覗いたりしていた。家族にまだ成り立てだったし、私が小5、チハルは小4で、普通にワーワーキャーキャー言いながら遊ぶには大きくなり過ぎていた。

 もっと小さいうちから、物心つかないうちからキョーダイになっていたら、もっと普通のキョーダイみたいになれていたかな。でもそれなら私の本当の母がもっと早くに死んじゃう事になるから絶対に嫌だ。


 それでその時の私は、飲み物をもらおうと思って父と母がいるところに戻ると、父は敷物の上に手足を伸ばして仰向けで眠っていた。そのそばに座ってゆっくりしている母。私たちに飲み物をくれて、すぐその後に戻ってきたチハルにも飲み物を渡してニッコリと笑った母がとても綺麗だった。

「ねえ、ブランコのとこ行こう」と私はチハルを誘った。父と母を二人きりにして上げたかった。父は眠っていたけれど、そのそばで母がゆっくりしていてくれたから。そしてそういう気遣いが出来るのは私がお姉ちゃんだから、と思っていた。


 チハルは黙って私についてきた。と、そこまでは姉っぽかった私だったが、ブランコの鎖についていたカメムシを握りつぶして叫び声をあげ、「取って取って」とチハルに騒ぎ、ハンカチもティッシュも持っていなかったチハルが自分のTシャツの裾で私の手のひらからつぶれたカメムシを取って、その体液もふき取ってくれた。

「もう~~」とチハルは言った。「くせえじゃん」

 ごめんと謝る私にチハルは「もういい。うるさい」と言ってカメムシが付いていた方のブランコに自分が乗って、「そっち乗ったら?」と私にきれいな方のブランコを譲ってくれた。全然私が姉くさくないという思い出。



 どうしよう…ヒロセと半月山行くの止めようかな。やっぱ映画とかにしとけば良かったかも…

「キモト」と担任でもある現代文の担当の水本先生に呼ばれた。

「はい!」ガタっと慌てて立ち上がったが水本はちょっと笑いながら言った。

「キモトはなんか考え事してるからその前のタバタな」

 ごめんタバタ君!






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