母の思惑
母の顔が真っ直ぐに見れない。
何の悪い事もしていないのに。
おはようの後に母がご飯をよそってくれながらさっそく、「言夕べチハルから連絡あったんだけど、」というのでドキッとする。
が、母は続けた。「明日チナちゃんに買い物付き合ってもらう約束したんだって?」
「え!?」
母が私の顔を覗き込んで「…あ~~」と言った後笑った。
「チナちゃんは聞いてないって事ね」
「私明日は友達と約束してて…」しどろもどろに答える。
「あ~~そうか…え…と、ヒロセ君だっけ?デート?」
「違うよ!」
「はい嘘~~!」母が私を指差す。「お母さんはチナちゃんが嘘付く時にはわかります。嘘付かなくていいじゃんそんな事。それでチハルはそれ知ってるから明日の事言い出したって事ね?」
「ヒロセと行く事は知ってるけど、いつとまでは言ってない」はずだ。
「そっか。取りあえず邪魔したいんだな…」
「それで?」と母の顔は笑っている。「チナちゃんは彼氏を取るの?それとも弟?」
何を面白がっているんだろう。夕べの夢の中の『あ~あ』って顔をした母が浮かんできてイラっとする。
「お母さん!お母さんは昨日からそんな事言ってるけど、普通はそんなの止めるとこなんじゃないの!?チハルと私が付き合うような事になったら…」
フッと笑った母が「それは何?」と、私の顔を覗き込む。
「そんな事を聞くって事はチナちゃんもチハルを好きって事?」
ぶんぶんと首を振る私だ。
「違うよ!私もチハルの事好きだとは思うけど、それは弟だから」
「そっか。チナちゃんご飯食べないと」
「うん」
「でも私にそういう事を聞くって事はチナちゃんもチハルの事が気になって来てるって事だよね?ご飯食べなさいって」
食べれないよ。
「だってお母さんが!お母さんがそんなの事ばっかり言ってくるから。…弟なのに」
「義理のね。本当の弟じゃないじゃん。血はつながってない」
それを義理の母にサバサバした感じで言われると心がツッ、と冷たくなる。チハルの言ってた事と同じだ。1回もキョーダイだと思った事はないって。親子してこの人たちはずっと私の事をそんな風に思っていたんだろうか。
無言でご飯を口に入れる。なんだか何も味がしない。
「血がつながってないのはわかってるよ」とご飯を無理に飲みこんでから、やっとそう言った。
母が「はい」と温め直したみそ汁を置いてくれる。
「ありがと。…でもね、お母さんが夕べあんな事を言うから。だから気になって来たんだよ私は」
「え、でもヒロセ君の事が気になり始めた後だったでしょ?チハルの事話したの」
母がおもわせぶりに笑うのが嫌だ。
「でも!それもお母さんが言ってるだけだから。チハル本人には一っ言も好きとか言われてないから!…お母さんの思い違いだから!」
「言われてないのに気になってんの?」
「なってないですっ!!」
思い切りムッとした顔で睨んでも、母はそんなのどうって事ないって顔で笑っている。
なんか朝からムカつく。
「お母さんも思ってるの?」
「ふん?」と自分もご飯をよそって私の前で食べ始めた母が聞く。
「チハルに言われたんだよ。1回もキョーダイなんて思った事ねえって。お母さんも本当は…私の事、自分の子どもだなんて1回も思った事ないの?」
「厳密にはね」
軽く即答されて結構衝撃を食らった。
「だって私が生んでないし」と母。「でも『うちの子』だとは思ってる。もう!チナちゃん変な顔しないでよ。ちゃんと大事に思ってる。なんだったらチハルより大事に思ってる。だから私は心配してんの」
「…ごめんなさい。でも…」
「まあいいから。ほら、さくさくご飯食べなさいって。遅くなるよ学校行くの。それでねチナちゃん、」
母が改まったように言った。「ヒロセ君とちゃんとデートした方がいいよ」
「…」
母はいったい本当のところ、私とチハルをどう思っていてどうしたいのだろう。
なんか…嫌いだ!半分、ていうか半分以上私をからかったようにあんな事言ったあげくにヒロセと付き合った方がいいとか。
私の本当の母が生きていたら、ヒロセの事をどう思うんだろうか。ヒロセの事を話したら、『良い子じゃん。彼氏になってくれたらいいのにね』って言ってくれただろうか。
でも母が生きていたらこっちには越して来なかっただろうからヒロセには会えなかったわけで、それより何より母が生きていたら今の母ともチハルとも会えなかったわけだ。
母が早くに死んでしまうのは最初から決まっていた事なんだろうか、と私はむかしから時々考えた。
それは私が生まれる前から、そして母が生まれるもっとずっと前から、もっとずっとずっと前から、私が母から生まれるのも、母があんなに早く死ぬのも決まっていた事なんだろうか。どうにかしたらそれは変えられたんだろうか。
それでも私は新しい母と過ごせて幸せだと思った。
私の父と今の母が出会って、私とチハルがキョーダイになるのもずっと前から決まっていた事なんだろうか。
朝教室に入ると女子の皆さんの目が違う。ような気がするのは気のせいだけじゃないと思う。そっと家の自分の机の上に置いて来た返信の出来ていないラインが入っている私のスマホの事が、ちょっと気になって来た。
さっそくサキちゃんに宿題の事を頼みに行こうと思ったら、サキちゃんの方から茶色の紙袋を持って私のところへやって来た。
「見てないの?私のライン」とサキちゃん。
「ごめん」と嘘をつく。「ずっと電源切れたまま家の中で見失ってる」
「マジか。はいこれおみやげ」
サキちゃんが渡してきた袋の中身はマンガだった。
「没収されるでしょ見つかったら」と私。
「頑張って隠し持って持ち帰ってくれ」とサキちゃんは笑っている。「この間言ってた禁断モノ持って来た~~~。姉と弟のやつ」
いや全然嬉しくないし。絶対読まないから私。
「サキちゃん、マンガじゃなくて宿題見せて数Bの」




