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比べてしまった

 「黙んなよ」とチハル。「電話かけてきといて」

「違う。あんたがさっきかけてきてくれたから」

「それで?いつ、どこ行くって?」

「…」

「デートだよ。ヒロセとどこ行く約束したんだよ?」

「…まだしてない。私に行きたいとこ決めてって…」

「へ~~。そんな誘い方すんだな、あの人。慣れてんじゃね?そういうのに」

「そんなことない!」強く言い過ぎてすぐ言いなおした。「そんな事ないと思うよ。ヒロセは」

そんな事ないと思いたい。



「あんたこそ」と聞く。「なんで電話かけてきたの?」

「なぁ、もしかして昼とかもヒロセと食ってんの?」

「ねえ、あんたがヒロセを呼び捨てすんの止めなって」

「食ってんのかって」

「食べてないよ。あんた人の話は聞かないくせに」

「お前だって聞かねえじゃん」

「お前って…」

どうしよう…切り出してみようか。母の話。

 けれどチハルが私を好きだとはっきりわかるのも怖いし、逆に、今ちょっと関係の良くなってきているチハルには全く1ミリもそんな気がなかった場合、気持ち悪がられてまた拒絶されるのも怖い。「きめえわブス!」とか言われてまた口もきいてくれなくなったら…



 「じゃあチナな」とチハルが言った。「チナって呼ぶ」

ドキン、とする。

「ねえ!あんたさぁ!…あんた、」

勢い込んだが、私の事好きなのほんとなの!?ってやっぱり聞けなくて続ける。「あんたはなんで中学の時、すごく私の事嫌ってた?中学の時なんてそんなもんだみたいな事言ってたけど、ほんとは何で私の事あんなに避けてた?」

 チハルが黙っているので続けて聞く。

「やっぱり本当の姉弟じゃないから?私があんたのお母さんと仲良くしてんのが嫌だったとか?お父さんにお母さん取られたみたいなのがすごく嫌でそれで私の事も嫌いだったとか?それか単に私の事が…」

「キョーダイなんてなあ!」チハルの声が耳元で大きい。「1回も思った事ねえわ!」

プツ。

 電話切られた!



 スマホはその辺に転がし、目をつむって両手で両脇の髪の毛を掴みギュウッと痛いまで握りしめる。

 考えたくない!

 でも考えてしまう。

 考えたくない!!

 でもやっぱり考えてしまった。じゃあ私はチハルが好きか?男子として好きか?そう言えば1個体としてどう思う?とかチハルが聞いてたな…

 チハルは…見た目は良いけど、でもそんなに優しくはない。感じ悪かったし…いや、小学生の頃もやっぱり生意気だったけれど優しくて可愛いところもあった。弟なんか欲しくないと思っていたけれど、弟もいいな、と思った事もたくさんあった。

 ヒロセは?私は今はヒロセの事が一番気になってるはずなのに、ヒロセとの電話の間もチハルの事が気にかかった。そして今だってヒロセの事より先にチハルの事を考えてしまった。

 ヒロセは優しい。気が利いて、私にも他の子と同じように接してくれたばかりじゃなく、今は私の事が気になっていると言ってくれた。


 ヒロセが言ってくれたように、土曜日のデートのセッティングを考えて一緒に行って、もっと仲良くなったらヒロセと付き合うようになるの?気になってるだけじゃなくて、好きだとか付き合ってくれって言われるの?そしてヒロセと手を繋いでヒロセに抱き締められたりキスされたり…チハルと手を繋いでチハルに抱き締められたりキスされたり…

 ぎゃああああああ!と心の中で叫ぶ。


 キョーダイと思って接してきた分、チハルとのそういう想像の方はいけない事をしている感強くて、余計ドキドキするような気がする。なんなんだ私!…チハルはさっきキョーダイだと思った事はないって言ってた。最初からそうだったって事?むかし『ねえちゃん』て言ってニコニコ笑ってくれてた時も、『ブス』とか『お前』って言い始めた時も、そして今また『姉ちゃん』て呼び始めたくせに、ずっとキョーダイだと思ってなかったって事なんだな?

 実際チハルと付き合ってどうする。…ヒロセなら付き合ってうまくいかなくても普通に友達に戻れそうだけど、チハルと付き合ってうまくいかなかったら家族との間も気まずくなる。そしてその前に、母はチハルが私を好きらしい事を知っているが、知らない父はどんな風に思うだろうか。父も気持ち悪がるんじゃないだろうか。実際は母もすごく嫌なんじゃないだろうか。

 

 …おかしいよね。ヒロセの事を入学式の時から気にしてたくせに、チハルの事を急に意識し過ぎだ。しかも付き合う事ばかりではなく別れる時の事まで考えて、二人を比べるってどういう了見だ…

 それでもぐるぐるぐるぐるずっと考える。何度も母に言おうかと迷って結局言えなくて、一人でずっとぐるぐるぐるぐる考えていつの間にか眠ったらチハルに押し倒されキスされそうになる夢を見た。しかも『ブス』って言われながら。そしてそれを母とヒロセに見られているという夢だった。母もヒロセも『あ~あ』って顔で私を見ていた。




 朝の寝覚めが悪い。なんて夢を見るんだ。宿題も終わっていないし。早く学校へ行ってサキちゃんに頼み込んで見せてもらおう。ラインしとかなきゃ。

 そう思ってスマホを見たら夕べのヒロセとチハルからの電話と夢を一時に思い出してしまう。


 サキちゃんから夕べラインが入っていた。そしてヒロセからも。

 夕べあの後電源切ったからな…。

 ヒロセからは「ほんとにちゃんと考えといて。キモトが行きたいとこ」。サキちゃんからのは「チナとチナの弟の事をいろんな知り合いから聞かれた」。そしてもう1つサキちゃんから「昨日チナと弟クンが一緒に帰ってるのが広まってたよ。遠目の写真上げてる子もいたらしい」。

 マジで!?

 サキちゃん交友関係広いからな…1年生とかからも聞かれたのかも。ていうか遠目でも写真取られてそれ回されたらたまらない。そして普段ラインしてない子たちからもラインが来ていてそれはほぼチハル関連。大半はチハルの写真を送ってくれって書いてあった。

 送らないよね。持ってないもん私は。

 しばらく片手にスマホを持ったまま画面を見つめ、それでもそっとスマホの電源を切って今日はカバンに入れずに机の上に置いていく事にした。





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