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動揺

 本当にすぐに電話がかかって来た。

が、ヒロセじゃない。チハルからだ。

「姉ちゃん?」。

「あ、…えと」

「…」

「チハル?今ちょっと…」

「なんだよ」

「…」

「誰かの電話待ち?」

「…うん」

「へ~~。…ヒロセ?」

「…うん。そうだけど…ヒロセさんて呼びなよ。先輩なんだから」

「わかった。ヒロセさんな。約束してたん?電話すんの?」

「いや、今ラインが来て電話してもいいかって…。…ねえチハル、後で私から電話するから」

「電話するから?今この電話を切ってもいいかって事?」

「…うん。ごめん」

「切って欲しい?」

「…ねえあの…」

母から聞いた事がぐるぐるぐるぐる胸の中で回っている。

「切って欲しいのかって聞いてんだけど」

「うん。後で掛け直すから」

「わかった。じゃあ切るわ。切るけどこれから本気で邪魔するからな」

「えっ…」

「『え』じゃねえよ。バカか」

プツ、と電話が切れた。



 チハル…

 そこでまた電話が鳴った。今度はヒロセだ。

「キモト、遅くに悪いな」とヒロセ。

まだそんなに遅くはない。もう少しで10時というところだ。

「ううん!」

慌てて答える。頭の中ではさっきのチハルの言葉が繰り返される。

邪魔するってヒロセとの事を?

ヒロセが気に入らないから?じゃなくて、母が言ったように私の事が好きだから?

チハルが私を好き…


「…ふん?キモト本当は今調子悪い?やっぱ電話まずかった?」

「…どうして?」

「なんかいつもとビミョーに違う感じがしたから」

するどいなヒロセ。ほんの一言の返事でそんな事言ってくれるなんて。嬉しいけどでもどうしよう…そわそわする。嬉しいより後ろめたい感じでそわそわしてしまう。

「今日ね、」と話を反らすために慌てて言う。「帰りに図書館に寄って本探してる時にちょっと外見たらヒロセが部活してんの見えた」

もちろんヒロセを見るために図書館へ行ったのは秘密だ。

「マジで」とヒロセ。「どうだったオレ、ちゃんと動けてた?」

「うん。ヒロセ運動神経良いんだね。走るのもすごく速い」

「あ~~…小学からやってるからな、サッカー」

「そうなの?すごいね」

「すごくはねえよ。ただ好きでやってるだけ」

…やっぱりヒロセはかっこいいな。



 「実はオレもちょっと見かけたんだけど」

そう言った後ヒロセがちょっと間を置くので聞く。「何を?」

「キモトが弟と帰るとこ」

あ~~~…「うん」

「仲良いじゃん」

からかうように言われてドキッとする。

「そこまでじゃないよ」

軽くうろたえながら答えてしまう。

「なんかでもちょっとオレ、ヤキモチやきそうになったんだけど」

さらにドキッとしたので「何言ってんのヒロセ!」と強めに突っ込んでしまう。

「いや、弟ってわかってるんだけどさ。お前んちの弟やたらイケメンじゃん。並んで歩いてるの見たらなんかこうモヤっとしたものがな…湧き上がってきたっていうかな、オレが一緒に帰りたいのにって思ったって言う、そういうド恥ずかしい事を言うために電話してみた」

 ぅ…わぁ~~~…


 どうしよう…なんかキュウウンと胸がちょっと縮んでトゥルルンと揺れたような感じがしたけど、それはヒロセにそんな事を言われて嬉しいってだけじゃなくて、弟から好きだと思われてるかもしれないっていう変な後ろめたさから来る気持ちの悪い感じの方が強いような気がする。

「だって不利じゃんオレ」とヒロセが言う。「あんな弟いたらオレなんか…オレなんか背も低いし…いろいろ慣れてねえし。オレなんかといてもどうも思わねえんだろうなみたいな事も考えたりな?こんな事言うとこもダセえし。月曜もほんとはあのままキモトと図書館行きたかったけど、キモトの事意識し過ぎて変な感じになりそうだったから…。それ引きずって今日も喋れなかったし」

「…うん」

「すげえダメな感じ。ほんとはこんなのオレじゃねえ、みたいな」

「…うん」

「もう!『うん』、じゃねえよ。そういう時はキモトから話しかけてきてよ」

あ…またキュウンとした。

「でも、」と私は言う。「私も今日ほんとはちょっとヒロセに話しかけたかったけど」

それは本当の気持ちだ。

ふっ、とヒロセがちょっと笑う。「ちょっとかよ!」

「ヒロセの回りはいっつも誰かいて楽しそうに話してるから遠慮しちゃうっていうか、入りづらいっていうか…」

ヒロセがふざけた口調で言う。「遠慮しないでくれよ」

「うん。ありがと」

「もう~~…キモトはそこで『ありがとう』とか言うからな!」

「ごめん」

「ごめんじゃねえよもう…なあ!土曜日、どっか行かねえ?部活ないから。映画とかみたいのとかあったら一緒にとか…って『とか』ばっか言ってるからさ、キモトが決めてよ」

「私!?」

「そうそう。明日までに考えといてよ。じゃあな」

急に切ろうとしてない?「え、ちょっと待ってヒロセ」

「恥ずかしいからもう切るからな!おやすみ!」

「おやすみ…ありがとヒロセ」



 電話を切った後考える。

 ヒロセは良いよね。ヒロセは好き。

 でもダメだ。私がダメだ。絶対ダメな感じだ。その好きだと思っているヒロセと電話する間ずっと動揺してたし。チハルの事考えてたし。


 あいつは本当に私の事を?いつから?どこを?どんな風に?いつから?どこを?どんな風に?どこを…

 『邪魔する』って言ってた。

 でもだ。『邪魔する』って言われただけで好きだと言われたわけじゃない。

 電話を切ろうとした私に腹を立ててそう言ったかもしれない。母からも言われたからって、チハルが私の事を好きだと思い込んで、チハルにそんな気がなかったら逆に私がチハルからすごく気持ち悪がられない?


 お母さんに言ってしまおうか。さっきのチハルとの電話の事。言ってどうする…どうなる…どうしたらいい…ほんとかな、ホントに私が好きで邪魔するって言い出してんの?それともやっぱ嫌いで?

 んんんん~~、と唸りながらチハルに電話をする。電話したくない。

「なに?」とふてぶてしい返事から入るチハル。

「…あの…あんたさっき…」

「早かったじゃん電話終わんの。もっとだらだら下らねえ事話すのかと思った」

「…」

「それでなに?」イライラした声のチハル。

「さっきごめん。電話くれたの何だった?」

「ヒロセからの電話は何だった?」

「…」

「聞いてんだけど。何?デートの誘いか何か?」

「…」

チハルが私を好きだと言った母の言葉が頭の中で繰り返される。




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