母のブチ込み
チハルはその後無言で、しかもずっと機嫌が悪そうだった。
チハルが帰った後大きくため息をついた母に言われる。
「同じ高校行くようになったとたんにまた仲良くなってきたね。小学生の時みたい」
言葉は優しいが母の顔は笑ってはいない。笑ってはいないけど別に機嫌が悪いわけでもなさそうだ。
でも、その後母はさっきより大きくて長いため息をついた。
怖い。
「…うん」
消極的に返事をした後、怖いが敢えて突っ込んで聞いてみようと決心する。
「…ねえお母さん」
意を決したのに「なあぁに?」と今度は急に歌うように機嫌の良さそうな返事されてやはり躊躇してしまう。
やっぱ怖い!!
「え…っと、何でもなかったかも」と言ってしまう。
「もうチナちゃ~~~ん!」
急に大きい声を出されてビクッとする。
「そういうところ!」と母が言う。「チナちゃん良くないなぁ。ちゃんと言わなきゃ思ってる事。言いにくい事だってちゃんと言わなきゃ」
「…」
「心配だなお母さんは。ねえチナちゃん。ほんとに心配してるんだよ?わかる?」
お母さん?
「チナちゃんがチハルにいろんな事押し切られそうですごく心配」
「…チハルが?この前も甘やかしちゃいけないってお母さん言ってたよね?」
「チナちゃんがはっきりしないと、チハルは調子に乗ってどんどんチナちゃんを思うようにしちゃうかもよ?」
お母さん?
「チハルが…思うようにするって…どういう事?…お母さん!私、鈍感ぶってるわけじゃないんだよ。お母さんさ、私とチハルが…その…恋人同士、みたいな感じになったらって心配してるんでしょ?キョーダイなのにって」
思わず頬を両手で押さえてしまう。やっぱり聞いてしまった。恥ずかしい。
「いや、それは心配してない」とあっさり答える母。
え!?意を決して言ったのに…「じゃあ何を心配してるの?」
「チハルはチナちゃんの事が好きなんだよ」
「…」
ニッコリ笑う母。
いや、それはチハルからも言われた。『オレは姉ちゃんの事好きだけど』って。
母もその意味で言っているのか…
だってその前に私とチハルが付き合う事は『心配してない』って言った。
わからん…
母の顔いろを伺うってもう一度怖々聞いてみる。
「お母さんは何を心配してるの?」
「チナちゃんが、ちゃんとチハルを好きでもないのに、チハルにぐいぐい押されてチハルを受けれてしまったらって心配してる」
「それはチハルが私を…女の子として好きだって事?」
「さっきそう言ったでしょ」
「でも私、最近になってまた『姉ちゃん』て呼ばれ始めたんだよ!?それにチハルは私の事すごく嫌ってたじゃん中学の間。それで今でも一緒に住まないのに」
「歪んでんのよ」母が苦笑いしながら言った。
3年半くらいあんなに態度悪かったのに?はっきり『姉ちゃん』て、しかも敢えて最近になってからまた呼び始めたじゃん…
それに何より、チハルが私を女の子として好きだという事を母が私に言ってくるってどういう事?私の母でもあるのに。チハルは私の事を好きなんだと母に話してるって事か?
心配ないって、そこを一番心配するんじゃないの普通は。
自分の部屋に戻って宿題をしながらもチハルと母の言った事ばっかり考えてしまう。
こんな事誰にも相談できない。
いっそのことチハルに聞いてみようか?あんた私の事好きだってほんと?って。
そしたら笑うかな。バカにするかな。それとも、そうだよ、って言うんだろうか。言われてどうする私。ていうか言ってくれたじゃんチハルはちゃんと。笑いながらだったけど、『姉ちゃんが好きだ』って。
せっかくまた良い感じになれそうな気もしてたのに…
なんで母親があんな事ブチ込んでくるのかな…。
チハルが女子として私の事を好きだとしたら…
好きだとしたら…好きだとしたら…
改めて考えてみる。
チハルがヒロセと仲良くなるなって言ってきたのも、ヒロセと約束しかかっていたところへ割り込んできたのも、それは私を好きだからって事?
だったらなんで一緒に住まないんだろう。あんなに私を避けて態度悪くしてたのに、急に好きになったって事?
だとしたらだ。また元に戻るけれど、なぜそのタイミングでわざわざまた姉ちゃんて呼び始める?
わからん…
チハルも母もわからん。
これまでの、ほぼ口をきかなかった、きいても悪態つくばっかりの間柄が長過ぎたし、今日だって私がヒロセを見てるのをゆっくり見たらいいって言ってたし、中学の時みたいに私に出来るだけ関わらないようにしようとするんじゃなくて仲良くやっていきたいと思ってるって言ってくれたのだ。
ピロロン、とスマホが鳴ってビクッとしたが、見るとヒロセからラインだ。
「何してる?」って送られてきた。
良かった!ヒロセからライン来た!私もしようと思ってたのに母の言葉ですっかり忘れていた。
宿題やってた、と嘘をつく。宿題は机の上に広げているが、そんなのはそっちのけで、義理の弟の私に対する恋愛感情について考えていたなんて言えるわけがない。
ヒロセからまたすぐにラインが来た。
「なぁ…今電話していい?」




