睨み合う母と弟
家に着くと母はまだ仕事から帰って来ていない。
私が鍵を開けて先に中に入る。
取りあえずリビングにカバンを下ろして洗面所で手を洗おうと思うが、チハルが玄関から上がって来る気配がない。
「何してんの?」玄関の方へ顔だけ出して言う。
「…」
「早く上がりなよ何してんの」
「あ~~…うん」
「何飲む?先に手を洗っておいで」
そう言って先に洗面所に行き手を洗っているとやっとチハルも洗面所へやって来る。手を洗い終わってタオルで拭いている私の横で、バシャバシャと手を洗うチハル。
なんかむかしみたい。でもチハルの手ぇ大きいな。
「何ちょっと笑ってんの?」と洗面台の鏡越しのチハル。
「なんかね、むかしみたいだなって思って。一緒に留守番しておやつ食べてた時みたいだなって思ったんだけど、あんたの手が大きくてごつくなってるから可愛くないなって思って」
笑いながら言うと鏡越しにチハルもクスッと笑った。
笑うと可愛いのにね。
先に台所へ行ってインスタントのアイスキャラメルラテを作る事にする。今日は抹茶ミルクじゃないんだよね~。
「あ、ねえチハル、今日はキャラメルラテ作った。なんかさあ…」
と台所に入ってきたチハルに言う。
「めぼしいおやつがあんま何もないんだけど、せんべえくらいしかないな。湿気てるかもこれ。サンドイッチでも作ってあげ…」
言いながらしゃがんで食器棚の下の戸棚の中を覗いて、フッと振り返ったら真後ろの結構間近にチハルが同じようにしゃがんでいてビックリした。
「うわっっ!ビックリした!もう!ビックリするじゃん。ねえ何食べたい?今日はご飯食べてったらいいじゃん。おばあちゃんにも連絡して」
「さっきさ、帰る時」とチハルが静かに言う。「母さんがオレらの事心配してるって言ってたじゃん」
「…うん」
「なのになんで誰もいない時に家にあげたりすんのオレの事」
「何…言ってんの?…だってあんたの家でもあるのに」
そう言うとチハルはふっと笑った。
何?
何この子…
じりっと近付くチハル。
テーブルを指差して私は慌てて言う。「キャラメルラテ!ほら、作ったから飲みなよ」
「なぁ、」とチハルが聞く。「母さんにそう聞かれた時に何て答えてんの?オレの事を好きかとか聞かれんの?」
「それは聞かれない。でもあんたの好きな子を知ってるかとかは聞かれたけど」
「へ~~~」
チハルが私をじっと見る。
…凄く嫌な間合いだ。
「何て答えたの?」と聞かれる。
「…そんなの私知らないから、だからお母さんに知ってるのかって逆に聞いて…」
「それで?」
「お母さんは彼女はいないって言ってたけど…。そうなの?」
「他にはなに言われた?」
私の質問には答えない癖に次の質問をするチハル。
「それでもお母さんは、あんたに好きな子がいるかどうか私から聞き出したいみたいで、私はほら、その時まだあんたが中学の感じ悪かった時を引きずってたからさ、いたとしても私には教えないと思うよって言っといたんだけど」
「へ~~~」
「…いるの?」ともう一度聞いてみる。
が、またその質問を無視して「なあ」とチハルは言った。
私と同じようにしゃがんだままのチハルが、ゆっくりと私に手を伸ばしてくる。
「なぁ姉ちゃん」とチハルが言う。「どうして母さんがそんな事言ったか…」
「チハル来てんの?」
急に声がして「ひゃっ!」と変な声を上げ尻もちまでついてしまった。
チハルも私も驚いて見上げると帰ってきた母だ。ちっ!!と大きく舌打ちをするチハル。
「びっくりした!」本当にビックリしたので言う。「もう!お母さん~~!何で音もなく入って来るの?すんごいびっくりした!」
「そっと入ったらどんなかな~~と思って」と笑わない真顔の母。
「そんなのびっくりするに決まってるじゃんもう!ねえチハル?」
「…」返事をしないチハル。
…アレ…これなんかデジャブ感。
「ねえ?チハル?ビックリしたよね?」
それにもまた返事をせずにチハルはぼそっと言った。「すげえタイミングで入って来やがって」
「どうしたの?」と母がニッコリと笑いながら聞く。「二人で帰って来たの?」
「なんかねえ」と私はまだしゃがんだまま答える。「PTA総会の出欠のプリント。私も持ってんだけど、チハルも今日書いて欲しいんだって」
「へ~~~」と母。「中学の時は全然そんなの私には言って来なかったのにね。いつも自分で勝手に書いてハンコ押してたじゃん」
母の言葉にチハルを見つめてしまう。
「それでそこにしゃがんで二人で何してたの?」と母。
「おやつ無いかな~~って見てたんだけど。お母さんが帰ってくるまでちょっとおやつ食べようかと思って。ほんとびっくりした」
「二人で?」と母。
チハルは何も答えない。
「おやつ、何にもないね~~って言ってたとこ。お母さんもお茶飲む?キャラメルラテ入れたんだけど」
ありがとうと言った母は私とチハルをじっと見ている。
ほらチハル、と私は思う。お母さん、やっぱ私たちの事変な風に思ってるじゃん。どうしよう…こんな感じのお母さん嫌だな。
母がチハルを睨みながら聞く。「あんた晩御飯食べて行くの?」
「いや、いい」ゆっくりと立ち上がり母を睨み返すチハル。「今プリント出すわ」




