嫌なんでしょ?
弟が出来て良かったなと思うこともたくさんあった。
小学生の時は父も母もいない時に一人じゃなくて、家に他に誰かがいるというのは心強いものだった。もしもそれが妹なら、何かあった時に私が守ってあげなくてはならないけれど、一つ下の弟だったら守ってあげたりする必要ないし。ほとんど面倒みなくて良かったし。
最初に「ねえちゃん」と呼んでくれた時も結構嬉しかったな…
初顔合わせの時があまりイイ感じではなかったし、お姉ちゃんとは呼んでくれないと思っていたから余計嬉しかった。
最初のうちは私が「ダメだよ」と注意した事は、ちゃんと言う事を聞いて止めてたし。…止めない事もあったけど。…それでだんだん止めない事の方が多くなって最終的に全然言う事聞かなくなったよね…
よその本物の姉弟の話も聞いたりしたが、うちと似たり寄ったりなところもあった。もちろん仲の良い、羨ましい感じの姉弟ペアもいたが、うちよりもっと仲が悪そうな本物のキョーダイもいた。
それに私が欲しいと思っていた『兄』や『姉』のいる子も、偉そうにしてきて鬱陶しい、みたいな話も聞いた。
逆にうちは本当の姉弟じゃないので、せいぜいブス呼ばわりされるくらいで、他の兄弟のように「バカ」とか「うんこ」とか「死ね」とか、もっと私が傷付きそうな暴言を吐かれたりする事もまずなくて良かったなと思ったぐらいだった。思い切り突っかかって来られたり、取っ組み合いのケンカなんてもちろんした事はなかったし。
それでも向こうが小6の中頃から、気分次第で私を無視することも多くなり、そうかと思うと私の物を勝手に使ったり、私の宿題のプリントを隠すとか私が困りそうな事をわざとやってみせたりするようになった。
まあそういう事をされるのも普通なのかなと思ったけれど、面倒くさいなと思い始めた頃の入寮だったので、私もちょっとほっとしたのだ。
それで寮に入って、たまに帰って来た時も私とはあんまり話そうとしないし。やっぱりブス呼ばわりするし。それはたいがい二人きりの時だったけれど、一度私に「うるせえブス!」と言っているところを母に聞かれ、私に謝るように言われたのにチハルが謝らないから、キレた母にチハルがビンタされた事があって、逆に私の方が引いて母を慌てて止めた。
チハルにいつも悪態をつかれて私がどう思っていたか。
このクソガキっ!と思っていた。いくら言われたってそこまでブスじゃないし私!と思っていた。
超美少女じゃもちろんないけれど、弟にずっとブス呼ばわりされなきゃいけないようなブスじゃないから私!と思っていた。性格も雑だし、小学生みたいな貧乳だし、中2になっても生理がなかなか来なくてどうしようかと思っていたくらいの女の子っぽくない体型の私だったけど。タナカさんも「チナちゃん可愛い」っていつも言ってくれてたし。
そっちがその気なら私も同じ感じで接してあげよう。何しろ私は本当のお姉ちゃんじゃないんだから。チハルなんて、感じの悪い同級生の男の子だと思えばいい。どうせ半年しか歳も違わないし。無視するに限る。タナカさんとはうまくいっているんだから私は幸せだった。チハルなんてその付属品だ。
でも!
でも出来るなら仲良くしたい。
だってやっぱり弟だから。
結局予定どおりチハルは私の行っている高校に合格した。
通っていた中学の卒業式があって、いろいろな手続きを済ませ寮を引き払うと、チハルは速攻祖母の家で暮らし始めた。
祖母はタナカさんのお母さんなので、私とは血のつながりはないが、皆で訪ねるといつもとても喜んでくれて、私の事もチハルと同じように可愛がってくれた。
私と同じ高校が嫌じゃないんなら、一緒に住んでも問題ないと思うのに。
「私やお父さんと一緒に住むのが嫌なのかな」と母に聞いてみる。
お父さんというより、私と、だとは思うのだけどそう聞いた。母が答えやすいように。私だけを気に入らないのは今までの私への突っかかり方を思い出すと明らかだった。
「いやっていうか…」歯切れの悪い母の返事。「…まぁねえ…」
「そんなに濁さなくてもはっきり言って大丈夫だよ。ちゃんと答えて、お母さんお願い」
「嫌っていうんじゃないんだと思うけど…」
まだ歯切れの悪い母の答え。
「お母さんは寂しくないの?寂しいよね?」
寂しいし本当は嫌に決まっている。他人の私と一緒に暮らして、実の息子と離れて暮らすなんて。
「寂しいは寂しいけどチナちゃんいるし。ていうかチハルは今までも離れてたから。今さら帰って来なくてもそこまでは、ねえ」
母がふっと笑いながら、そう、それは本気とも建前ともとれないようなあいまいな感じでそう言うから、私は少しイラついて思わず言ってしまった。
「そんなの、ほんとの子どもがそばにいる方がいいじゃん!それが当たり前だよ。お母さん無理しないでよ。私は別に、充分良くしてもらったし、そんなら私が出て行くよ」
そしてすぐに思いなおす。
偉そうに言ってもなぁ…父の方のおじいちゃんもおばあちゃんも死んじゃってていないし、学校に寮なんてないし、うちは一人暮らしが許されるような経済状態でもないし、だいたい一人で暮らすなんて怖くて絶対出来ない。
「あ~~」と母が唸る。
そして母の目が怖い。
急にそんな事言い出したから怒ったかな…。
結局私は謝るだけだ。「ほんとに、お母さん…なんかごめんなさい」
他にどうしたらいいかわからない。