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送りがてら

 そしてこの目の前で妄想の世界に片足を突っ込んでるサキちゃんよりも、私はヒロセの事を気にしてるのだ。ごめんサキちゃん。

 昨日、一昨日はテスト中という事もあって、席も離れているしまぁいいとして、それでもあの後ヒロセが話しかけてきてくれない。あんな可愛い写真送ってくれたのに。

 今日もまだだ。ちょっと切ない。あれからラインも来ないし私もしてない。やっぱ結構切ないかも。

 頑張って、テストどうだった?って聞いてみようかな…

 そう思いながらヒロセのいる方を見たら、あ、目が合った。

 ぅわっ!とたんに反らされたけど!

 …どうしよう…頑張れないやネガティブなのに…話しかける気が急激にしぼんだ。



 …せっかく仲良くなれそうだったのにな…

 誘ってくれてすごく嬉しかったのに…なんで私はチハルと帰っちゃったんだろう。あの時『またな』ってヒロセに言われたけれど、引き下がらなければ良かった。『行こうよ!』って私が言えば良かった。そしたら何か違ってたよね。

 …ま、そんな事を言えないのが私なんだけど。

 あそこでチハルさえ来なければあのままコンビニ行って二人でちょっとしたお昼を買って図書館の隣の公園で食べてそして一緒に勉強して…



 結局ぐだぐだぐだぐだ考え続けた私の5、6時間目の力の入らなさ。

 元から冷たい態度の子に目を反らされるのは凹みもするし腹も立つけれど、どうせ私も好きじゃないし、みたいに考える事が出来る。でもヒロセみたいに誰にでも良い感じで接している子に目を反らされたら怖い。自分の事がさらにダメに思えて来る。



 放課後ヒロセはさっさと教室を出て行く。ヒロセは中学からずっとサッカー部なのだ。

 私は1年の途中でソフトテニス部を辞めてしまって、今は帰宅部。

 今日はちょっと、どこかバレなさそうな所からヒロセを見てみたい。そしてもう一度対策を練ろう。そこまで仲良くはなれなくてもせっかく話しかけてくれたんだもん。またあんな風に話ができるくらいにはなりたい。

 帰りがてらの通りすがりにサッカーをしているヒロセは見た事はあった。でもそれは、サッカー部を漠然と見て、あ、ヒロセもいるな、ぐらいの感じだったけれど、今日はちょっとヒロセメインでこっそり見学してみよう。



 図書館に寄って校庭を覗くと、はい、ヒロセ見つけた~~~。

 別に本を借りる目的はない。図書館は校庭に面した第1棟の3階にあるので、こっそりヒロセを見るのに好都合だったのだ。

 ヒロセは男子の中では身長も高くない方だけど、それでも動きが良いのですぐに目についた。動きが速いしフォームがとても綺麗だ。やせ過ぎても肉が付き過ぎてもいない程良いしなやかな筋肉。速いのにがむしゃらな感じはなく、楽しんでサッカーをしているのが伝わってくるような動き。カッコいいな。

 窓をちょっと開けて見る。

 ヒロセ気付かないかな。気付かないよね。ここ3階だし。

 いつか試合の見学とか、誘ってもらえたりしたらいいのになぁ…



 「何見てんの?」

 背後から急に声をかけられて「うわっ!」と声を上げてしまい慌てて口を押さえる。静かな図書館の中に私の声が響いた。

 チハルだった。

「びっくりしたじゃん…あんたこそ何してんの?」

「まだ帰んねえの?」と言いながら私が少し開けた窓から校庭を覗くチハル。

「どうしたの?誰か待ってんの?」とさらに聞くチハル。

「いや、ちょっと本見にきただけ」

ハッ、とチハルは笑う。「外見てたじゃん」

「…あんたこそ何しに来たの?本借りにきたの?」

「あれ?あそこ、サッカー部にヒロセさんいる」そう言って私の顔をじっと見る。

「…」

「もしかして部活終わるの待ってんの?」

「…待ってない」見てたけど。「あんた部活入んないの?バスケずっとやってたんでしょ?」

ふっ、と笑うチハル。「部活ってめんどいよな。姉ちゃんも去年辞めたろ」

 生意気な。



 本を借りに来たのかともう一度聞くと私を探しに来たと言う。

「姉ちゃんのクラスに行ったら、ちょうど廊下に出て来た人が『チナの弟!』っすげえデカい声でオレの事呼んで来て『帰りに図書館寄るって言ってた』って教えてくれた」

 …サキちゃんか…

 「その人なんか言ってた?」

「いや、他には別になんも。でもオレの事激見してきた」

そっか…



 チハルが私の見ていた窓からまた外を覗く。

「…どうして私を探しに来たの?」

「あ~…プリント。母さんに渡して欲しいやつ」

「PTA総会の出欠のやつ?」

「そうそう」言いながらチハルが自分のかばんを開け、プリントを取り出して私に渡してくる。

「明日オレの教室届けに来てよ」

「教室に?…ヤだよ何言ってんの。それにこれ、来週の月曜までじゃん。自分で土日にお母さんに名前書いてもらいに来たらいいじゃん」

「冷てえな結構」チハルは笑った。

「ていうか、出るか出ないかお母さんに聞いて、自分で書いてハンコ押したらいいじゃん。みんなそうしてるよ。ハンコ持ってないの?」


 プリントの仲介をしてやるくらいどうって事はないけれど、この間もヒロセとの約束を邪魔されたし、せっかく今こっそりヒロセ見ながら、今日当たり障りないラインでも送ってみようと思って、その中身をいろいろと考えていたところだったのに。



 「わかった」とチハルが言う。「じゃあ今日姉ちゃんを送りがてら家に寄ってくわ。母さん何時頃帰る?」

 姉ちゃんを送りがてら?

 チハルの言葉を心の中で繰り返しながらじっと見てしまう。そしてサキちゃんの妄想が私の頭の中に蘇る。

 ハハハ、とチハルが笑って言った。「ちょっ、眉間にしわ寄せてオレを見んなよおもしれえじゃん」

「しっ!」と私はチハルを黙らせる。「ここ図書館!」

本当に、高校生になったとたん手のひらを返すようなこの変わりよう。

 この子…この子もしかしてサキちゃんの妄想みたいに私の事…

 チハルが言った。「すんげえブスになってっけど」




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