おそろい
チハルが私の事を心配…
でも今チハルはソファに寝転んでダルそうにスマホをいじっている。
「なあ」とチハル。「お前、相手を選ばない感じなわけ?」
「…」
「誘われたら誰にでも着いてく感じ?」
「あんたずっと何言ってんの?」
「どうせ入学式の時に話してたやつだろ?今日一緒だったのって。あん時はこんなに話したのはじめてだ、みたいに言ってたくせにな」
お母さん、本当は全部話しちゃったんじゃないかな。ほんとにもう!
「誘われたら」と続けるチハル。「すぐ家とかに行くんじゃね?」
「なんで!」と私もキレて言ってしまう。「なんであんたにそんな事言われなきゃいけないの?」
寝転んだまま、しかもスマホをいじりながら私を全く見ずにチハルが言った。「お前、バカだから」
「はあ!?」
「ちょっと!」バカって言われた弟に。「まずあんた、寝転ぶの止めな。人と話してんのに」
無視するチハル。
「起き上がれつってんの」
無視し続けるチハル。
…知らん!
私は荷物を叩きつけるように床に置いて洗面所に手を洗いに行く。
どういう事これは…どういう事どういう…
確かにヒロセに家に誘われて結局行きたいなと思ったけれども!そんな事まで指摘されるとか…
ジャアジャア水を流しながら手を洗っていると、ガタっと玄関で音がする。
「っちょっと!」
慌てて手を拭きながら玄関に向かうと案の定チハルが帰ろうとするところだ。
「待ちなさいよ!急に来てわけわかんない事言って私が手を洗ってる隙に帰ろうとするな!」
チハルは靴を履き終えて立ち上がり一瞬動きを止めたが、玄関のドアの取っ手に手をかけて開けかけるがそれを止める。このまま帰られたら私だけただイチャモンを付けられた後味の悪さを引きずる事になる。
「待ちなさいって言ってんの聞こえないの!?」
それでもそのまま玄関のドアを開けたチハルの空いている左腕を慌てて掴んだ。
「ちょっと!そのまま帰んの止めてよ!…ちょっと…ねえ戻ってよ中に。あ、ねえ!抹茶ミルク入れてあげるから!」
ムカついた顔で私を見降ろすチハルを、ここは負けずに見つめ返す。
「早く」殊更落ち着いた声を出してみる私。「戻って中に。抹茶ミルク入れてあげるから」
チハルがドアの取っ手から手を離し、「ちっ!」と大きく舌打ちした。
いや全然。今さらチハルの舌打ちとかにはビビらないからね。
ゆっくりとドアが閉まった。
台所で自分の分とチハルの分のマグカップを用意する。
私のは小さい黒猫の絵が入っているクリーム色のマグカップ。母にあげたマグカップに似ているものを、そのすぐ後に母が買ってくれたのだ。
チハルのは少し大きめでやっぱりクリーム色。そして黒いカエルの絵が入っているマグカップ。カエルはずんぐりしていて背中に黄色い点々があり、それがアルファベットのBの字の形をしている。カップの縁には緑色のアルファベットで「Bii the USHIGAERU」と書いてある。私用の黒猫のマグカップを買ってくれた時に、「これはチハル用。チナちゃんとおそろい」と母が言っていた。地の色がクリーム色以外全然おそろい感ないのに。
小学生の時のチハルはホット抹茶ミルクが好きで、母が私にはココア、チハルには抹茶ミルクをよく作ってくれていた。作ると言っても粉末の抹茶ミルクの粉を牛乳で溶いてレンジで温めるだけのものだ。
チハルの中学生の時の好きな飲み物は知らない。今のも知らない。小学生の時も、友達が来ている時にはみんなと一緒にコーラとかサイダーとか、炭酸が苦手なくせに飲んでいた。すぐお腹痛くなるくせに。小学生男子の友達の前で抹茶ミルクなんて飲んでたらバカにされるからか?
母がいない時に私も、温かい抹茶ミルクをチハルに作って出してやった事が何回もあった。私はやっぱりココアで、それで一緒に母が買って用意してくれていたクッキーやせんべいを、二人でテレビを見ながら食べたりね…あの頃は仲良かったのにね…
チハルは今度はテレビをつけ、またリビングのソファに無造作に横になってそのままテレビは見ているのか見ていないのかわからない感じ。
そんなチハルを台所から呼ぶ。「ホラ!」
返事をしないチハル。めんどくせぇ…
「ほらって!抹茶ミルク出来たからって」
やっぱり返事をしない。
…ったくもう!自分のココアとチハルのマグカップを持って私がリビングに移動する。
チハルの前のテーブルにカエルのマグカップを置いて私は、チハルの寝転んでいるソファから少し離れてカーペットに腰を下ろす。チハルがゆっくりと起き上がってマグカップを持った。
「チハル」
「…」
「チハル」
「…」
私は自分のココアの入ったマグカップをテーブルに置いてチハルの方を向く。
「返事しなさいよ」
「…」
それでも返事をせずにしらっとした顔で抹茶ミルクを飲む弟。
はい、飲んだ。
飲むんだね。返事はしないくせに抹茶ミルクは飲むんだね。
むかしは喜んでたのに。私が抹茶ミルク作ってやった時には、母が作った時よりおいしいって言って喜んでたのに。
私は弟の名を呼びながらもしかして、と思っていた。
そんな事絶対にないとは思うんだけど…
いやマジでそんな事ないとは思うんだけど…探りを入れなきゃ。
「ねぇチハル…」もしかしてこの子私の事を…
「ごめん」とチハルが言った。
「え?」
「悪かった」
「…」
「姉ちゃんごめん」
ここに来てまた姉ちゃん!
「ムキになって悪かったよ」とチハルが静かに言った。「心配だったから。姉ちゃんの事が」
「あ…そう…なの?」
怪訝な顔でチハルを見つめてしまうと、チハルも見つめ返してきて、そしてもう3年半は見ていなかった可愛い顔でニッコリと笑った。




