二人きりなのかな
入学式が金曜で、この土日もそのままチハルは帰って来ないと母から聞いていた。
そりゃそうだよね。金曜にみんなでご飯を食べたばっかりだ。それにきっとまた、中学の時みたいにずっと帰って来ない気なんだろうなと思う。同じ高校でも1年と2年は棟が違うから学校でもそうそう会う事もない。
それにしても、と思うのだ。
夕べの母との会話があれからもうずっと頭の中で繰り返して、私は夢にまで見てしまった。母は本当のところ、私とチハルの仲をどういう風に観ているんだろう?
見てしまった夢は、母が「チナちゃんがチハルの事そんなに好きなら、お母さん、家から出て行く!」って言い出すものだった。気が弱いから気になっている事があると速攻夢に見てしまう。
でもお母さん!と、私は夢の中で思った。私はチハルの事なんてこれっぽっちも、恋愛対象として好きだなんて思ってないって!母にそう言おうとするのに声が出ずに「う~~ん、う~~~ん」と唸る夢。
そういうのあるよね。すごく言いたい事があるのに、声が出ないとか、友達に変な誤解されてすぐにラインしようと思うのに全然打てないとか。
家族として、今母になってくれているタナカさんの息子として、チハルの事は大事だと思っているけど、男子として考えると、見た目は良いかもしれないけど性格がね! 性格っていうか私に対する態度があからさまに悪いよね!私を邪険にし過ぎたよね、この3年半くらい。
夕べ母は私に、どんな男の子が好きなのかって聞いてきた。
私は付き合うとしたら、『私が好きな人』より『私をずっと好きでいてくれる人』を選びたい。そんな人そうそういないだろうし、恥ずかしいから夕べはそんな事答えられなかったけど。
今度聞かれたらちゃんと答えよう。
それに前マンガで読んで、気まずい気持ちで読むのを止めた義理のキョーダイの恋愛モノも、実のキョーダイではないのだから、お互いが好きになったのなら別に良いと一応は思ったのだけれど、好きな相手が同じ家に住んでいたら絶対ずっとくっ付いていたくなって、それでも親の目を気にしながらそういう事をするって、ドキドキはしても楽しくはなさそうな気がする。よくわかんないけど。
それでお互いずっとその人だけを好きだったらいいけど、その後どちらかが相手を嫌いになったり、他に好きな人が出来た時に、同じ家に住んでいていったいどうやって対処していくんだろうとも思ったのだ。
全くの他人同士のカップルならそこで別れて終わりだけれど、義理のキョーダイはそうはいかない。格段に気まずい状態を一生引きずらなくてはならない。うちみたいに一緒に住んでいなくても、親が離婚しない限りはずっと姉弟なんだし家族なわけだから。
当事者の二人だけではなくて両方の親にまで事は及ぶのだ。恐ろし過ぎる。
私はタナカさんに、ずっと今のままのお母さんでいて欲しい。
日曜日、母の買い物に付き合う約束をしていたら、朝ヒロセからラインが来た。
「今日予定ある?なかったら昼から図書館行かね?明後日1年の時の確認テストがあるじゃん」
そうなのだ。火曜日と水曜日に1年の時の履修分の確認テストがあるのだ。
でもヒロセと?二人でって事?
気になったけど「二人で?」とは送れず、「うん、じゃあ一緒に行こうかな」とだけ送ってしまった。他の子も来るならあらかじめ言ってくれるはずだよね?
テストに備えて図書館で勉強しようって誘われたんだけど、と母に言うと「そりゃもちろん勉強しなきゃ。行っておいで」と言う。
母が聞く。「今日もユマちゃんと?」
ユマちゃんというのは小学校から仲良かった子だけれど、高校は別々になってしまった。
「…いや、…今日は違うんだけど」
「誰と?」と聞かれる。
「同じクラスの子」
「ふうん」
じっと私を見つめる母。「男の子?」
「…うん。まぁ…」
「あ~~もしかして!入学式で一緒だった子!当たり?」
「…当たりだけど…」
「きゃ~~~」と母が大きな声を出したのでビクッとする。「デートじゃんチナちゃん!」
「違う。勉強会だよ」
「二人きりなんでしょ?」
母が二人きりの『きり』のところを強めに言う。
「…いや、そんな事もないと思うけ…」
「二人きりなんでしょ?」
「…違うと思う…」
たぶん二人きりだろうなとは思いながら答えると、ふふっと笑って母は言った。
「チハルに仲良くしないでってお願いされたのに?」
「…っ」
何言い出してんだお母さん。
「勉強会です」ともう一度言う私。「図書館で」
「わかった」と言いながらまだちょっと笑っている母。「行ってらしゃい」
ヒロセと図書館の前で待ち合わせだ。図書館はうちから自転車で15分くらい。
ヒロセはどうして私を誘ってくれたんだろうともちろん考える。待ち合わせはちょっと恥ずかしくてちょっと嬉しい。
入学式で話をして、その後一緒にアイス食べて、それを踏まえてまた私の事を誘いたいって思って声かけてくれたんだよね?
ちょっとは私の事気に入ってくれたから声かけてくれてるんだよね?
…いや、わからないな。ヒロセなら普通に男子とか女子とか関係なく気安く誘える相手なら結構誰にでも声かけそうな気がする。そしてそれが全然嫌な感じに思えない所がヒロセのすごいところだと思う。今日も行ってみたら、「やっぱ友達も連れてきた~~」みたいな事になってるかもしれない。
ヒロセならそれもあり得そう。みんなでやろう、キモトも一緒でいいじゃん混ざって混ざって、みたいな感じ。
それはまたそれで嬉しいとは思うけど、やっぱり誰が来るのか聞けば良かった。でも今さら聞いて、それで行くのを止めたら嫌な感じに思われてしまうよね…せこいな私。