ないよね!
いやあ…ないよね!ないないないない。
ないわ絶対。
私もマンガで読んだ事があった。そういうキョーダイの恋愛モノ。
小さい時からずっと仲良しのキョーダイだったけれど、実は義理のキョーダイだって高校生くらいになって知らされて、お互いを急激に恋愛対象として意識し始めたたりするやつ。
友達が気に入っているマンガを貸してくれると言うから、中身がどんな風か全く把握せずに借りて読んだら、義キョーダイの恋愛モノでやっぱり途中で読めなくなって、「面白かった」って嘘をついて返したのだ。
読めなかったのは、もちろん自分たちを投影してしまったからだ。
読んだのは中3の頃で、兄と妹の話だったし、その頃にはチハルが寮に入ったままほとんど家に帰省しなくなっていたので、私とチハルの関係とは全く違うわけだけれど、それでも義キョーダイの話だ。読みながらあまりに気持ちがゾワザワゾワザワするので、比較的序盤で読むのも止めたし、もうこの先こういう類の話は読まないようにしようと決めたのだった。
母はもしかして…そういう事を心配してるんじゃないの?
私とチハルが恋愛感情を持ったりしたらって。
…するかな?そんな心配。
一緒の高校に通う事になったとは言え、チハルは私たちの家には住まないし。第一私の事を嫌ってるし。嫌ってるのを母も知っているし。
…嫌ってるけど…でも今日は変に甘えてきた…
母はそれを知らない。
母は私とチハルが仲良くない事をちゃんとわかっているのだ。それならそんな心配するわけないよね!
…あ~~でも…そうか!私がチハルと一緒に住んだ方がいいって言ってるのを、チハルの事を弟ではなく男の子として好きだと思い始めていると思っているとか?
確かにチハルはあからさまに母の前でも私にたてつくけど、私は母の事を考えて、チハルの事を「くそっ!」と思っているのを母の前ではなるだけ隠している。まぁ隠せない事も多いけど。
母にそんな事を心配されていると思いたくない。
自分の本当の母と同じくらい好きな母に、そんな風に誤解されていたら凄く嫌だ。
お風呂から出ると、母が一人、居間でお酒を飲みながらテレビを見ていた。
「あ、見つかっちゃった」と私と目が合った母が笑う。「お父さんには黙っててね。一人でお酒飲んでたの」
母の笑顔には屈託がない。私とチハルの関係を変な風に誤解しているなんて絶対にあり得ないと改めて思う。
チハルが悪いのだ。家を出てずっと一緒に住んでいなかったくせに、今さらあんな感じで甘えてくるってどういう事なんだ。
きっと「どういう事なんだ」って考えさせようっていう嫌がらせだな。ほんと、よくよく考えたら絶対気持ち悪い。一瞬ちょっと喜んだ私はバカだ。
なんでほだされたんだろう私。今までのチハルの私への嫌な感じを忘れたわけでもないのに。
私もコップに牛乳を注いで母の斜め前に腰かけた。
「邪魔じゃない私?」と一応聞いてみる。
「チナちゃん嫌い」
「えっ!?」
「そんな事いちいち聞くな」
「うん」と言うと母がニッコリと笑った。
母はむかし私とチハルがお小遣いを出しあって母の日にプレゼントした黒猫の絵の付いたマグカップでお酒を飲んでいた。いつも夜に一人でお酒を飲む時にはこのマグカップを使っているのだ。なんで普通の綺麗なガラスのコップで飲まないのかと前に聞いたら、これに1杯分のお酒を飲んだら心が落ち着いて、ちょっと悩んだり困ったりした事があっても眠れるようになるのだと母は言った。
思えばその黒猫のマグカップを二人で買いに行った頃が、私とチハルの仲の良いピークだったような気がする。
二人でお小遣いを出し合って、少し前から一緒に小銭を貯めていた貯金箱割ったりなんかして、それで駅前の商店街にある雑貨屋に買いに行く時も、二人きりで買い物に行くのがはじめてだったから、私がチハルの手を握って…チハルも嫌がらずに握られて…
でも途中で私の友達に会って、「キモっ、キョーダイで手ぇつないでんの?」と言われたので、私たちはパッと手を離した。
良く考えたらその通りだった。弟とは言え、チハルはわずか半年歳下の4年生男子。普通の4年生男子は5年生の姉ちゃんに手を繋がれたりはしない。今では確実にそう思えるのに、当時は友達に言われた事がショックだった…
そうなのだ。だからどうやったって普通の高校1年生の弟は、高校2年生の姉に「姉ちゃん」て言いながらペッタリくっついて一緒にベッドに腰かけたりは絶対しない。
しないしない絶対しない。
私は母に言う。「お父さん、また今日も先に寝ちゃったね。おばあちゃん送って帰って来て。つまんないよね。たまには夜デートに出かけたりしたらいいのに。映画とかさ、それか二人で飲みに行ったり」
母の前でチハルとの事を思い出して、心の中は尋常じゃないんだれど、平静を装って母に普通に話を振る。
「まあね」と母。「お父さんは仕事で疲れてるから」
「そんなのお母さんだって疲れてるよ。お母さんの方が大変だよ。仕事もして家の事もしてくれて」
ほんとよくうちのお父さんなんかと結婚してくれたと思う。
「いいの、いいの」とお母さんは優しく笑いながら言う。「お父さんはいっつも優しいからいいんだ~~」
「そうなの?」
「そう。優しくて元気でいてくれたらそれだけで嬉しい。今度お父さんと私とチナちゃんと夜3人で映画に行こうか」
私はまじまじと母を見てしまう。
「私は大丈夫だからいいよ」と答える私。「小学生じゃないんだから。二人で行ってきたらいいじゃん」
「小学生じゃないから夜家に一人でいたら危ないんだよ。この辺りだって、公園とか痴漢注意の看板出てるでしょ?家にまで入って来る痴漢だっているんだから。昼間でも一人の時は用心しなきゃ。家に帰るのもあまり遅くなっちゃいけないし、わかってる?」
うん、とうなずく私。ありがとうお母さん。実の娘でもないのにこれだけ心配してくれて。
私は幸せだ。
こんな風に思ってくれてるって事は、母は私とチハルが、姉と弟の関係を超えて好きになったりなんて考えたりはしないはず。考えたとしてもそんな事はないと思ってくれるはず。