言い合い
…なぜ私の方がキレられなければならない。
「母さんも言ってたけどな…」チハルが言う。「お前がいろんな人と出会って、付き合ったりして、それでもオレが良いと思って選んぶんならいいけどって。でもオレはそんなのは絶対嫌だから。冗談じゃねえわ。ヒロセだけじゃねえよ。これからも邪魔する」
チハルがムキになる分私は冷静になれる。「…おかしいよね?私は…私は…あんたが私の事そんな風に思ってくれて…嬉しいは嬉しいけど、そこまで言われたら…逆にそこまで言うのはおかしいって思うよ。それに私の事お前って呼ぶの止めな」
「姉ちゃんて呼ぶなつった」
「それはさっきね!」
真っ直ぐに私を見つめ返すチハルに、さっきの部屋での事を思い出して目を反らしそうになるがここは踏ん張る。
ヒロセともだけど、これで部屋に戻って家族と普通にいられる自信はもう絶対ない。
「…でもね」と、もう力のない声を出してしまう。「ムキになってるだけだと思うよ。こんな風に家族になってすごくそばにいたから」
「は?お前まだそんな事言って…ずっとそばにはいなかったよな?」
…そうだよね。何言ってんだ私…中学生のチハルは一人で家から出てたのに。
「うん…ごめん」
一応謝った私にチハルはさらに言う。「いてもいいならオレもいたかったけどな。…父さんはそこまでしなくていいって呑気に言ってくれてたけど、母さんがな。これはほんとは姉ちゃんには秘密になってっけど母さんが、オレがお前に力づくで何かしたら絶対ダメだから一旦別居しようとか言い出して、それは止めて欲しいって父さんが言ったら、じゃあもう離婚するって騒ぎ出して」
「…じゃあなんでお母さんは今はこんな風にあんたに協力的なの?」
「アイツもヒロセがすげえ嫌だって」
「…!ウソだよ!お母さんヒロセの事すごく褒めてた!」
「そうそう、すげえ褒めてた、すげえ良いヤツだって。あんた絶対負けるってオレに言って。自分だとしても絶対ヒロセを選ぶからもう姉ちゃんが私から離れていくどうしようって言ってた」
「…」
「ずっと姉ちゃんを自分のそばに置いておきたいんだろうけど、無理矢理オレがそうするのはダメだって矛盾してるよな?」
「オレがもうちょっとうまくやれなかったのが悪い。今だったらもちょっとうまくやれてんのにな」
「やれてないじゃん!」
ハハハ、とチハルが笑う。「まあやれねえよな。けど中学でさっきみたいな事してたらヤバいわ」
「…いや、あんた…冗談とかじゃないから。今でもダメだから」
「今だからあれで抑えられたんだって。姉ちゃんが家族想い過ぎて自分がヤバい目に遭ってんのに迷ってたからオレが母さん呼んだろ」
「…」
「あの3人は前よりオレを信頼してくれてる」
怖い。…どうすんだろうな…私はこの後どんな顔して部屋に帰るんだ?
でもずっとこのままチハルとここにいるのも…
「…でも…あんただって言ってたらしいじゃん知ってんだからね。どんな女の子と付き合いたいのかって聞かれて、私より大事だなって思える子がいたらって言ったらしいじゃん」
急に話を変えたからか少し驚いた顔をしているチハル。
「それはな、」とチハルが言うが口ごもる。
ほらね?そんな感じ。先の事なんてわからない。本当にずっと続くものなんて、この世には一つもない。本当のお母さんが死んでからずっとそう感じてたからこそ、今の家族を大事に思ってたのに。
「それは」とチハルがまだ口ごもる。
「それはなに?」私にばれてると思わなかったか?
「それは」ここへ来て、とても恥ずかしそうにチハルが言った。「姉ちゃんより大事に思えるヤツなんていないから」
チハルが続ける。「父さんはこんな感じのオレの事をどういうわけかすげえ大事にしてくれるし信頼してくれてる。オレが結局中学で寮に入る事になった時も、逆にすげえ謝ってくんだよオレに。今日だってまさか泣きかけると思わなかった。オレはすげえ…父さんに悪い事した。父さんはやっぱ高校出るまでは普通に姉と弟でいて欲しいって、信頼してくれたのに姉ちゃんにした事考えたらほんと父さんには申し訳ねえわ」
「いやまず私に申し訳なく思え」
ハハハ、とチハルが笑う。
「いや笑いごとじゃないから!」
「わかった。父さんにはオレがした事全部話す」
「ダメ!それは止めて絶対」
「きちんと謝ってそれでもわかってもらう」
「いやほんとそれだけは止めて。それにまず私にちゃんと謝れ。あんたお父さんの事言うけど私には悪い事したって思ってないんでしょう」
「思ってねえよ」
チハルが驚くほど軽々と答えるので今さら驚いてしまう。
「てか謝ったじゃん一応。だってもうダメだったんだって。こっちはちゃんとヒロセも言ってたように出来るだけ普通にして、それでもばあちゃんにせっかく機会与えられたから、二人で部屋にいる間にどうにかもう1回普通にちゃんと気持ちを伝えようと思ってたのに、ヒロセから電話来るとか…家族旅行の先までなに電話とかして来てんだよアイツ信じらんねぇ。彼氏でもねえのに」
はぁ~~…なんかもう…どんな言い草だ。
「あんたにされた事で私がヒロセに対してどんな気持ちになったかわかんないんでしょ。私、休み明けにどんな顔してヒロセに会えばいいのかもうわかんない。せっかく…せっかく…」
「せっかくなんだよ?わかってるよ。そんな気持ちになればいいって思ってやったからなオレは」
「…」
「ほら、図書館の帰りに会ってうちにヒロセが来た時、ヒロセと二人乗り許してやったじゃん。あの頃はまだ少しは可哀そうに思えてたんだけどな。どうせヒロセと確実にダメになるのにと思って」
バチン!と派手な音をさせて私はチハルに思い切りビンタしていた。
うっ!と呻いたが痛いとは言わないチハル。軽く小突いたりした事はあったけどビンタしたのはさすがに始めてた。
もっと早くビンタしたら良かった。くそ。
それでも「泣かないでよ」とチハルが言う。
なんでビンタされたチハルがそんな事を言う。
「泣くなって」
「泣いてない」とチハルを睨む。
「ちょっと涙出て来てるって」
言いながら私の顔に伸ばして来たチハルの手を払うと、「無理だって」とチハルがバカにしたように言った。