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うまく出来ない


 …祖母は本当に、何から何まで全部知っているんじゃないだろうか。

 さっきまでのチハルと私の事を、そして私がチハルに何をされたかも知っているんじゃないだろうか。

 夕方の散歩の時も私とチハルを二人きりにしたし、カラオケだって『おばあちゃんが行きたがって』って母は言ってた…そう言えば夕飯の時からカラオケ行きたいって言ってたような気がする。そもそもこの旅行は祖母が計画したし。本当の孫のチハルが可愛くて、チハルが私に近付きやすいように協力してるんじゃないだろうか…

 …って…まさかいくらなんでもそこまでするかな…いくら孫が可愛くても。


 私の視線に気付いた祖母が私を見て小首をかしげる。

「チナちゃん?どうしたの?チハルが心配?ケイタイも持ってってないもんねえ」

「心配じゃないよ」吐き捨てるように答えた。

「ハハハ」と祖母が笑う。「心配じゃないの?」

「心配じゃないよ」

心配なわけない。絶対心配なんてするわけない。

 

 祖母が頬笑みながらまた私を呼ぶ。「チナちゃん」

なにもう!と思いながら返事はせずに祖母を見つめると、笑顔で言う。

「チハルはきっとチナちゃんに探しに来て欲しいと思ってるね」

 


 もうこれは聞いてしまおう。

「おばあちゃんはどういう気持ちで今そういう事を私に言ってるの?」

 父と母が、「「ふん?」」て顔をして私を見たけど関係ない。このまま流されて、先に4人で寝てるところにチハルが帰ってきて、明日また普通に旅行を続けるとか冗談じゃない。


 「ううん」と祖母は軽く首を振る。「おばあちゃんがどういう気持ちっていうか、チハルの気持ちがそうだと思って」

「…」

「え、だってチナちゃんと居づらくて出て行ったんなら、そのチナちゃんが探してくれたら帰って気安いでしょ?」

 私と居づらくなったのは、私のせいじゃない。あんな事された私がなんでチハルを探さなきゃならない。


 祖母がなおも聞く。「一緒に探しに行ってみる?」

「行きません」行くわけないじゃん!

父が口を出した。「チナ、チハル君はわざわざ温泉ついて行ってくれたでしょう?」

 だからなに?その後そういうもろもろが全部台無しになるような事ありましたけど?

 無言の私に父が言った。「チナはお姉ちゃんなんだから」


 なに言ってんだこの人、小学生じゃないっつの。私がチハルにされた事を知ってもそんな事言えるのかと思って父を睨んだら、「じゃあ」と母が言った。

「私と探しに行こ」

 やっぱりあんなヤツでも心配するんだね…だって自分の子どもだもんね…

「いや、」と母が言う。「ごめん間違えた。探しに行って下さい」

 …なんで言い替えた?

 言い替えたのも変だが、言い替えながら母はもう私の腕を掴んでいた。

「私!…本当に行きたくない…ごめんお母さん」

「うんうん、わかるよわかるわかる。でも行ってちょうだいお願い」

 そう言いながら酔っ払い母はすごい力でぐいぐいと私の腕を引っ張り、嫌がる私を部屋の外へ連れ出した。



 

 廊下を歩きながら母が言う。

「チナちゃんごめん」

言われてビクッとしてしまう。母も全ての事を気付いているんじゃないかと思う。だって母だもん。なんだってすぐ気付いてそう。

 それでまだ母に掴まれていた腕をグッと自分の方へ引いた。「お母さん、腕痛いから」

「あ、うんごめん。それもごめん」

言いながらも母はまだ私の手を掴み、廊下を進み、そして立ち止まった場所は、チハルと温泉上がりに夜景を見た場所だった。

 もう夜も更けてさすがにライトアップされていた灯りは消され、向こうに見えるお寺の街灯が小さくぽつんとついている。

 寂しい風景だ。なんとなく、うちに来たヒロセとサキちゃんを送った後に、母に連れていかれたドライブでたどり着いたコンビニの寂しくて遠い風景を思い出す。



 「ごめんチナちゃん」と母がその外の寂しい夜の景色に目をやりながらまた言い、やっと私の手を離した。

「…」

 なんでそんなに謝るの?お母さんはどんな風にどんな事を感付いているの?



 でももちろんそんな事は聞けない。イライラして吐き捨てるように言ってしまう。

「チハルを探しに行くんじゃないの?…やっぱ私帰る。別に…チハルなんか帰って来なくてもいいし!」

「うん。…ねえチナちゃん…」

「なにもう…」

「手ぇ」と母がさっきまで掴んでいた私の手を見ながら言った。「…私が掴む前から赤かったね」

「っ!…」

「ね?」

「知らない」

「ごめんねチナちゃん、チハルを守ってくれてありがとう」




 「なに言い出してんのお母さん…何言い出してんの!?」

「ごめんね」

「もうごめんはいいよ!それにごめんねじゃないよ!何言ってんの!?」

 母がチハルが私にした事を感付いているのなら、なんでチハルを探し出し、私の前に連れ出してきちんと話をしようとしてくれないんだろう。いや、今までの母のキャラだったらチハルをぶっとばすくらいの事はしてくれるはずなんじゃないの?私の事をチハルより、大切に思ってくれてると感じる事も本当にたくさんあったのに。『ごめんね』ですまそうなんて、やっぱり自分の息子の方が俄然大事なんだね。私は明日からどうしたらいいかわからないよ。



 「チナちゃん…」母が指をすっと出して、私の目の端をぬぐった。

私はその、いつの間にか出ていた涙をぬぐってくれた母の手をパシッと払って言う。

「私はチハルが大切なんじゃないよ!チハルなんか全然大切じゃない!私は今の家族をずっと大事にしたいと思っただけ!」

 そんな事を望んでいたからヒロセにも嫌な思いをさせたのに。

 私の言葉に『うんうん』と、なだめるようにうなずく母。

 

 

 そして私の頭の斜め上の方を向いて、「あんたの事は大切じゃないんだって」と母は笑った。

 え?

 パッと斜め後ろを向くとチハルだ!いつの間に…ていうかいっその事旅館から出て行っときゃいいじゃん!

 もう帰って来なくていいのに!

「そりゃそうだよね」と母がチハルを見ながら言う。「…なんであんたは我慢が出来なんだろ…なんでもうちょっと…」

 私はチハルの方をもう振り返らないがチハルは何も母に言い返さない。母はそのチハルに続ける。

「なんでさぁ!あんたはもっとこう…うまくやれないかな!」

 …え?



 またパッとチハルを振り向くと私とは目を反らす。コイツ…ちょっとでも私に悪いと思ってんのか?また私がなあなあで許すとでも…

「やっぱ出来ないよね~~」と母。

「…」

「でもチナちゃんは」と今度は私を見て母が残念そうに言う。「私たちの事を凄く大事に思ってくれてるから、チハルがちょっとムチャして来たって怒ったり拒んだりしても最後には許しちゃうからな…」

「許さないから!!何言ってんの!?何にも許してないから!」

「そう?」

「そうだよ!私は…今のお母さんのこういう感じもものすごく嫌だと思ってるから!」

「そっか…まあねえ~チナちゃんに嫌がられるのは困るけど…まあしょうがないかな。私はチハルのお母さんだからねえ」

「…」

母は私にではなくチハルに言ったのだ。「ねぇ?チハル」




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