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質問

 チハルは母への電話を切った後、黙って部屋から出て行き、少しするとコンコンという軽いノックの音と、「チナちゃん?」「チハルくん?」と呼ぶ機嫌の良さそうな母と父の声。

 ほんとに。

 この人たちはもう…どんだけ呑気なの!

 立ち上がって慌てて浴衣の乱れを直す。頬を手の平で強くこする。

 バカなチハル…自分だけ出て行きやがって!本当にもう絶対、絶対信じない。どんなに『姉ちゃん』て呼ばれても、もう二人きりには絶対にならない。チハルがバカっていうか、前にもあんな事されてたのに簡単に信じた私が大バカなのだ。


 オートロックの鍵を開けると、部屋に入って来た母が聞く。「あれ?チハルは?」

「…どっか出てってたけど」

「どっかって?」と父が聞く。

「知らない。黙って出て行ったから」

「チナちゃん?」と母が私をじっと見る。

 うっ、と思う。目を反らしかけるが頑張って私は母を見返した。



 「温泉、チハルもついてったでしょ?」と母が聞いた。「夜にチナちゃんだけだと酔っ払いのおっさんたちに絡まれたりしたら危ないからって」

「…うん。ついて来てくれた」

「ゆっくり入れた?」そう聞いてじっと私を見つめる母。

「…ううん。…そんなにゆっくりでもないけど、まあまあ」

「ふうん」

「よかったね」と父が言う。「チハル君ついて来てくれて」

「…うん」

「なんかチナちゃん?」と祖母が口を挟む。「さっきからなんとなく受け答えがはっきりしない感じだけど、どうしたの?」

「どうもしないよ!」と今度はやけにきっぱり答えてみせる私だ。

 すると母も、「チナちゃんはいつもこんな感じよ?」と祖母に言う。「ねえ?チナちゃん」

 余計な助け舟だよ、お母さん…と思ったが、「うん。こんな感じ」と答える私だ。

「そうなの?」と祖母。「私はまた、チハルとなんかあったのかと思って」

 


 しーんとなる部屋と私を見る3人。

「なんで?」と私は少しムキになって言ってしまう。「なんでチハルとなんかあったとかすぐ思うの?」

 それは今チハルと実際『あった事』をごまかすため、というよりは、あれだけチハルと部屋を分けるとまで言っていたくせに同室で、しかも3人でカラオケなんかに行って、私とチハルが二人きりでこの部屋にいる状況を作り出しておいて、よくそんな事を言えるなと腹が立ったからだ。

「いやそれは」と父が言う。「黙ってチハル君が出て行ったとか言うからチナが。ケンカでもしたのかなって、おばあちゃんは思ったんだよ?そうですよねえ?」

そう言って祖母の肩を持つので父を睨みつけた。しょうもない事いいやがって。

 だから吐き捨てるように言う。「チハルはいつもそんな感じだったじゃん私には」

「あれ?」と祖母。「チナちゃん今、なんで口をぬぐったの?」

「え!?」


 「今こうやって」と祖母が手の甲で口を拭うしぐさをする。

 そんな事私してた!?無意識に?チハルの事を聞かれてるから、チハルからされたキスの事気にして?

 自分の手の甲をじっと見てしまった。してないよそんな事。なんで私だけこんな責められるような感じで言われるの?悪いのはチハルなのに。

「してないと思うけど、そんな事」とムカついた感じ満々で言ってしまう。しょうがない。

 その答えに、お?、と言う顔をした母が「ちょっと、」と母が祖母に言う。

「なんでそんな細かい質問入れるかな」

「気になったから」と祖母が頬笑みながら答えた。



 「夜のお風呂どうだった?」と母が明るく話を変えた。

「良かったよ」と答えながら、私は今、本当に無意識に口をぬぐったのかどうかが気になっている。

「私も行ってみようかな」と母。

「今から?ダメだよ」と父が慌てて止めた。「アツコちゃん、結構お酒飲んだじゃない」

「お風呂から帰った後、部屋の鍵閉まってたから慌てたでしょ?」と母。「ごめんね。おばあちゃんがどうしてもカラオケ行きたいって」

「どうしてもとは言ってないよ」と祖母。

 そんな事どうでもいい!と思う私。

 無意識に口をぬぐってしまった事を指摘されて、さっきの首を咬んできたチハルの唇と歯の感触も思い出してしまい、また鳥肌が立ちそうになる。


 「カラオケ来ればよかったのに」と祖母。

ほんとに呑気だなこの人たち、と呆れながらまたキツい感じで答えてしまう。「チハルがテレビ観たいって言ったから」

そうだよ、あんなわがまま聞いてやらないでカラオケ行ってたらこんな事にはなっていなかった。

「そうなの?」と母。「一緒にテレビ観とこうって事になったんだ?」

 なんだろう…イラっとする。母の質問はチハルと私がどうやって二人きりで過ごしていたかの確認だ。自分たちがそんな状況造り出したくせに。


 「そうだよ」イライラしながら答えた。「部屋に帰って、チハルがジュース買いに行ってくれたりしてたから、テレビだってほとんど見ないうちにチハルはまた出て行って、そこへお母さんたちが帰って来たんだよ。それだけ。チハルがどこへ行ったかも知らないし」

「そっか」とニッコリ笑う母。

「チナちゃん?」と祖母。

なに?と私が聞く前に、母が祖母を睨んで言う。「お母さんはちょっと黙ってて」

「なにを?」と母に聞く祖母。「何を黙るの?」

「いいから。チナちゃんに変な質問するのは止めて」

「あんたがでしょ」と祖母が母に言い返す。「あんたが変な感じでチハルの事、チナちゃんから探ろうとしてる」

「いいんです」と母が言い切ったので私も「はあ!?」と思う。


 母は続けた。「私はお母さんだからいいんです!」

 何言い切ってんだお母さんバカみたいに酔っ払いやがって、と思ったら母が言った。

「別に私は酔っ払ってないからチナちゃん」

「へ!?」

心の中を見透かされたようで驚く。

 母が続けた。「確かにお酒はたくさん飲んだけど、私たくさん飲んでも全然酔わないから」

 そうなんだ、それでもそんな事どうでもいいよ。だから私はいつになくハッキリと母に言ったのだ。

「でもいやだよ。そんな…お母さんだからってなんでも聞かなくていいし!別に…私にじゃなくて自分の子どものチハルに聞けばいいでしょう?」

 言いながら、あっ、と思ったがもう言ってしまった。すかさず父が「チナ!」と注意するが、私は父の方を見ない。

 が、母は、ふふっと、なぜか嬉しそうに笑った。



 怖い。

 なんでここで嬉しそうに笑う?私の事威嚇してんの?

「そうだよね」と母は言った。「いつもそうだよね、ごめんね。いつも私、チナちゃんにばっかり…」

「どこ行ったんだろうねえチハル君は」と父。「ちょっと見に行って来ようかな」

「「行かなくていいよ」」と母と祖母が口を合わせる。「「ほっといたらすぐ帰ってくるって」」

 もう帰って来なくていいのに!と思う私だ。

 帰って来たチハルを前にどんな顔をしていいかわからない。そしてチハルが母たちの前で、どんな顔で私を見るのかが怖い。

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