ずっと
…ダメだ…
でも!でも私は落ち着くよ。私は落ち着く私は落ち着く…呪文のように心の中で自分に言い聞かせる。
こんなところで何かされてたまるか。しかもそんな場面に母たちが帰って来たら…
「チハル、よく聞いて」私の頬をつまんでいたチハルの手をパン、と払い、チハルの胸をもっと向こうへやるように、両手で押して言った。
「お母さんたちももう帰ってくるし。もう止めよ?あんたはちゃんと家族として仲良くやってくって言ってくれたじゃん。今日ずっとちゃんとしてくれたじゃん。ね?」
「…」
「ね?って。聞いてんの!?」
「姉ちゃん、声うわずってるよ」
「…そんな事は無い」
「そんな事あるって」と言ってまた笑うチハル。「ごめん姉ちゃん」
「笑いながら謝るな。謝ってももう信じないよ。ほんともう絶対!あんたの事なんて信じないからね」
「今信じてるっぽい事言ってねかった?」
傲慢な言い方にイラっとするが、出来るだけ声を押さえて続ける。「言ってない。今日ちゃんとやってくれてたのに残念だつった。とにかく離れて。あんたそっちの端っこ行きなさい。普通にテレビ観なさいよ」
「いや、テレビは観ない」
「あ、そう。どうでもいいよ。私は今からお母さんたちのとこ行ってきます」
「なあ、もう1回したい」
「へ!?」キスをって事?
じゃあ今の『ごめん』はなんだったんだよ!『ごめん』の意味無いじゃん!やっぱ信じられないじゃん!
また私の肩をつかもうとするので飛び退くように後ずさった。
「あんたさぁ、姉ちゃん姉ちゃん言って、私の事またダマしてたんじゃん。普通にするとか言って」
だからお母さんたちも騙されて私とチハルを二人きりにしてももう平気だと思ったのかもしれない。…まあ単に酔っ払って自分たちの楽しい事とっちゃったのかもしれないけど…
言ってるうちにもチハルに詰め寄られる。「ちょっ…!!近寄んないでって!ふざけんな私の話ちゃんと聞いてんの!?」
それには答えず、また「なあ姉ちゃん」と、殊更優しい声で私を呼ぶチハルだ。
怖い。
「姉ちゃん明日から」
「?」
ちょっと笑ってチハルが続ける。「明日からまた普通にするから」
「何言ってんの!?あんた本気で怖い!」
にじり寄って私の左腕を掴むチハル。壁に追いつめられる。
「ちょっと止めてヤだ…」情けない変な声出た。「ねえって!女子に無理矢理こういう事するのはダメなの!止めなさい!ひどいよ」
「お前の方がひどい。ふざけてとか」
引っ張られ、あっけなく両方とも腕を取られてしまった。
「チハル!ちょっと!ねえ!私大きな声出すよ!」
そう言った私の顔を間近で見ながら真面目な顔でチハルが言う。
「姉ちゃんはそんな、オレや母さんが困るような事は出来ないよな」
「いやほんと!あんた何言ってんの!?」
どんな自信だよソレ…引っ張られた後はあっという間にまた抱きしめられる。チハルの浴衣の裾からはだけた足が、私のはだけた足に触れる。私を抱きしめたままチハルは、私の右側の首元に顔を埋め、そこを優しく咬んだ。ゾワゾワっと鳥肌が立つ。
「なにもうヤダもう~~…止めてよ…チハル…」
実際大声なんて出せない。隣の部屋の人に通報されたりしたら旅行が台無しくらいじゃすまない。姉弟で何やってんのかって話だ。
それでも止めないチハルは今度は左側の首元を咬み、次に私の顎をゆっくりと咬む。ゾワゾワゾワゾワ鳥肌が立ち続ける。
「…チハル!止めて。…止めってって!止めろっ!」
言いながら首をどうにか振って逃れようとしたら後頭部を固められた。耳の下にキスをされ、耳たぶを咬まれ、鳥肌が全身に立ち続けているところへ、また私の唇にチハルの唇が重なった。
「んんっ!」ギュッと唇を閉じる。
「姉ちゃん」と閉じた私の唇に自分の唇を押しあてたまま、チハルがくぐもった声で私を呼んだ。
こんな事しながらまだ『姉ちゃん』て呼ぶんだな…そう呼んだら、コイツは本気で私がなんでも受け入れると思ってんのかもしれない。返事なんてしれやるわけない。返事をしたらチハルの舌が入ってくる。
「姉ちゃん」とまたくぐもった声で呼ばれて頭の両脇がゾワッとする。私は押さえられている頭をどうにか振ろうと力を入れるが全く動かない。
「なあ姉ちゃん、舌入れたい」
怖いっ!!
コイツ怖い!ほんと怖い!!
このままお母さんたち帰って来なかったら私はここで…ここでチハルにされちゃうの!?
キスならまだしもそんな…そんな事されたら、もう完全にキョーダイじゃない。いやキスもダメだけど絶対ダメだけど!これ以上はほんとのほんとに絶対嫌だ。
んんんんんん~~~~~!持てる力を振り絞った。チハルの腕から逃れられるように…
んんんんんん~~~~~っっ!!
「おお?」と唇を離したチハルが言った。「すごい力出すね」
「チハル…」
「何?」
「チハル…」
「何?」
「…」
どうやって切り抜けたらいいかもうわからない。
今度はチハルが呼ぶ。「姉ちゃん」
「…」
見ると、バカにした事を言った割にチハルは真面目な顔だ。
「姉ちゃん」
「…なに!…なにもう…」とりあえず私はもう何言っても信じないからね。
「姉ちゃん」
「何って!」
「ずっと…」
言いよどんでチハルがうつむいて、私を離した。
「何!」私の口調がきつくなるのは当たり前だ。「もう何言っても信じないからね!」
うつむいたままチハルが小さな声で言った。「信じてよ」
そんな急にしおらしくなってみせてももう絶対騙されないって。
「ずっと…」とチハルが言い淀む。
ずっと好きだったとか言われたってそんなの思い込みの方が強いんだよ。
「ずっと」ともう一度チハルがやっと私をじっと見た。
「ずっとなによ?もういいから。私はお母さんたちの所に行く。あんたはここで待ってなさい」
「ずっと!…これからもずっと一緒にいたい」
「…」
「ずっと」
もう一度言ってチハルは私から少し目を反らした。その顔が赤い。
今ここで私にした事の方がよっぽど恥ずかしい事のはずなのに、なぜ今になって赤くなる。
凝視する私をチラッと見て、「見んな」と言う。
「あんたねえ…そんな事言っても…」
「わかってる」チハルが私の言葉を遮った。「ずっととかオレがいくら言っても今は信じらんねえんだろ?」
うん、とうなずくと、「ちっ」とチハルが舌打ちした。
「そんなに力強くうなずくな」
「だって…」
「だってじゃねえよ。それでも信じて欲しいんだよ。オレはずっとと思ってんの!ずっと一緒にいて欲しい」
パッとチハルは立ち上がって私から離れた。そして窓際のテーブルの上に置いていた自分のスマホを手にとって電話をかける。
「母さん?」とチハル。
お母さんに電話してんの?
チハルが母に言った。「もう帰って来て」