今さら
ビックリする。
チャンネル付けて速攻でこんなんてどういう事。
このタイミングで「姉ちゃん」とチハルに呼ばれてビクッとする。
「なに!?」
「貸してリモコン。お、BS映る」
「あ、ほんとだ」
コールドプレイのライブだ。
「姉ちゃん」
「ふん?」
「今のドラマみたいなシーンてさ」
「へ?」
「家族で見てたら気まずいやつじゃん。なあ?」
「…うん…まあそうだよね」
「オレらはもっと気まずいの?」
「…」
なに!?どういう質問!気まずいに決まってんじゃん!
「…もっととかそういうのとかは…」なんか答えがしどろもどろになる。「もういいじゃんチャンネル変えたし」
「でもオレが一緒じゃなきゃ見てんじゃね?続き」
見るよねそりゃ。「わかんないよ。あんたが一緒じゃなくても、お父さんとかの方が気まずいし」
「ハハハ」と笑うチハル。「そうだよな。オレも姉ちゃんよりそっちのが気まずいかも」
ハハハ、と私も笑う。
やっぱ!
やっぱりこの部屋から出よう。取りあえずお母さんに電話して…
「姉ちゃん?」
「なに?」
「姉ちゃん7月に修学旅行あるな」
「うん。あるね。うちの学校、なんでそんな暑い時期に修旅あるんだろうね」
「なんか嫌だわ」
「…なにが?あんたは来年じゃん」
「姉ちゃん」
…もう。やたら姉ちゃん連発するじゃん…「なに?」
「ヒロセと一緒に行くわけじゃん修旅」
「…『ヒロセさん』ね」
「うるせえよ」
「…」
「なあ姉ちゃん」
「なにもう」
「姉ちゃんはバカだよな」
はあ!?「あんた何言って…」
「なんかかったりぃわ」
「…何言い出してんの?」
睨むとチハルが飲みかけのペットボトルを置いて、私の方へ少し上体をずらした。あ、と思う。ちらっと脇の布団を見てしまった。
「バカだよ姉ちゃん。ちょっとオレが普通にしてたからって」
言われて焦って後ずさる。
「ほんと!バカだよな!」
私を笑うチハルを黙って睨む。見つめ合う私たちだ。
これは本当にダメだ。「チハル!私、やっぱりお母さんたちのとこ行ってくるよ!」
「迷ってんだよ」とチハルが言った。「普通にこの旅行終わらせて、帰ってからも普通にして、オレがそっちにもっと頻繁にメシ食いに行ったり、姉ちゃんにもばあちゃんちに来てもらったり、ちょいちょい買い物とか、そのへん一緒に出かけたりして、家族で海行ったり花火とかもって、そういう感じにしていきたかったわけじゃんオレは。な?」
「…」
「な?」
「…うん」
「でももったいねえじゃんて思うわけだよ」
「…」
返事をしないでいたらガッと手首を掴まれた。
「ちょっ…!!」
「せっかくここで二人きりって思うのは、それはしょうがねえ」
「何言ってんの、…ちょっ…離してっ」
掴まれた手をグッと力を入れて取り戻そうとするけれど動かないばかりか、逆に力を入れられて痛い。
「チハル!痛いから」
「姉ちゃん」
「…なに!」
「姉ちゃん」
「もう!呼ぶの止めて!」
グッともう一度腕を抜こうとするけれど、チハルはそれを見て、笑って私の手を引っ張った。
ギュッと抱きしめられる。
「…チハルっ!!」
「さっきの電話、ほんとは何?」
「何でもないよ。本当に旅行どう?って」
『早く帰って来い』って言ってくれた。
「『どう?』って?」とチハルが聞く。「オレになんかされてないかって事?」
「違う。ヒロセはそんな事言わない」
『弟は?』って聞かれた。『別の部屋』って嘘ついた…
チハルの腕に余計に力が入って私はもっと、ギュッと抱きしめられる。そして耳元で言われた。
「今だけ」
いや、あんたが普通にするつって、普通にしてたじゃん!私も出来るだけ普通にしてたじゃん!だからどうかなって思ったけど…部屋で二人きりって、どうかなってちゃんと思ったのに。
チハルの腕の中で思い切り暴れると、ちょっと隙間が出来たので拳でグーを作って腹を思い切り押した。
が、びくともしない。まだ私はチハルの腕の中にいる。
しかも私が暴れたからチハルの浴衣の胸の所がはだけてきて、私の頬がチハルの裸の胸に当たる。
「暴れるの止めて」と普通のトーンで私に注意して来るチハル。「姉ちゃんの顔とか髪がオレの胸に当たって普通に興奮して来るから」
「なら離してよ!バカじゃんあんた!」
そう言っても離しはしてくれず私は抱きしめられ続ける。座ったまま抱きしめられているので体制も苦しい。
それでもチハルは私の肩に頭を乗せ、「はあああ~~」と大きくため息をついた。
耳がゾワゾワする。ため息ってなんだよ!
チハルの息が当たる耳の下がくすぐったい。チハルは何も言わず、またもう一つゆっくりとため息をついた。
…もしかして落ち着いてきたのかな。急にまたこんな事したけど、家族との旅行中だし、せっかく自分でも家族っぽくしてたのだ。思い直したのかな…
「チハル?」静かに小さな声で呼んでみるが返事をしない。それでも私は同じ声のトーンで続ける。もちろん落ち着かせるためだ。
「ねえ、もう離して。お母さんたちだって帰ってくるし」
返事がない。が、もう少し続ける。
「ねえ、…この事はお母さんには言わないから」
「言わないから?」とやっとチハルが反応した。
「言わないから、また普通にしよ?ね?」
やっとチハルが私を抱きしめるのを止めた。そして私を見てニッコリ笑う。もう!と思う。力が抜ける。これでまた、『ごめん、姉ちゃん』とか言って来た所でもう簡単に許しはしないよね。やっぱもうお母さんに速攻で電話しよ。そう思いながら笑うチハルを睨み返す。
が、次の瞬間私は『わっ!!』と心の中で叫んでいた。
キス!キスして来た!
ぶつかる勢いで唇を押しあてられて私の上唇が痛い。私の肩を掴み後頭部を押さえているチハルを振りほどこうとして顔を無理矢理動かしたら私の唇がニョンて少し歪んだまま、まだチハルの唇に押さえ付けられているんだけど、そのニョンてなったところを舐めるような感じでそこから舌を入れて来ようとしている。ギュムッと唇を閉じたら私とチハルの唇のつながった所が、私たちの耳にしか聞こえないような、そして言葉に出来ないような変な音を立てた。
キモっ!よだれ!私のよだれ出たのかも…ていうかチハルの?キモい…っ!!
いったん顔を離し、チハルが自分の唇をぬぐった後、私の口の端を親指でつまむように擦る。そしてそのまま私の右頬を引っ張るチハル。
「ひゃめて!」引っ張られたまま言う。
ハハハ、と笑うチハル。そしてうつむいて「あ、」と言う。
「エロっ!!」
え?と見たら、私の浴衣のすそが乱れて太ももが全開だ!ババっと浴衣を直し足をギュッと閉じる。
「あんた、ふざけてんの!?」
それに対して「ふざけてねえよ」、と優しく答えるチハル。
「今笑ったじゃん、人にひどい事しといて!」無理矢理キスした後に笑うって…
「だって今さらじゃん」チハルが私を小バカにしたように言う。「今さら睨むとかすげえ可愛いなと思って」