受付の人
部屋に戻ると鍵が閉まっていた。
顔を見合わせる私とチハルだ。ドアをノックして呼んでみる。
「お母さん?」
返事は無い。
もう一度。コンコン、「お母さん?…ねえ!お父さん?」
私もチハルもケイタイは部屋の中だ。
「こんな時間にどこ行ったのかな」
そう言うと、「本当は中にいて、」とチハルが言う。
「オレらがどうするかってふざけてんじゃねえかな」
あ~~…そんな事しそうだよね。…しかもどこかからかこっそり見てるんじゃないの?私たちの事…
そう思ったがそれはチハルには言わないでおく。
「どうしたらいいんだろ」
独り言のように言いながら、コンコン、と何回かノックしても返事が全くないし。あんまり大きな音を立てると隣の部屋に迷惑になるかもしれないし…どうしよ…チハルと二人で閉めだされるとか…
「よし受付に行ってみよ」とチハルが言う。「わけ話して予備のキー借りる」
「そっか!…ごめん」
「なにが?」
「私全然考え付かなくて」姉ちゃんなのに。
「まあな。姉ちゃんなのにな」と笑うチハル。
「もしかして3人とも飲み過ぎてて爆睡してんじゃないかな。ほんとにもう」
考えていた事をそのままチハルに言われた恥ずかしさを隠すためにそう言ったら、「んん~~」とチハルが意味ありげに唸った。
「姉ちゃんはあの3人がほんとは…」
「ん?」
「…いや、まあ、いいや」
なに?あの3人が何?気になって「ねえ何?」と重ねて聞いたが、チハルはそれにはもう答えてくれない。
「いいから行くぞホラ」
浴衣の袖を引っ張られた。
そして受付で尋ねると答えてくれた。27、8歳くらいの女の人だ。ネームプレートに『高森美々』と書いてある。
タカモリミミ?髪がショートでクールな感じの、名前の通りとても綺麗な人だ。
「『やまぶきの間』のお客様ですね?お母様たちは別館のカラオケに行って来るので尋ねて来たらそう伝えて欲しいということでしたが」
なんだカラオケか…ていうか受付に尋ねに行くっていう事を考え付かなかったらずっと外で待っとかないといけなかったじゃん勝手だなもう!私一人だったら絶対しばらくそうしてたし。チハルがいて良かった。
じゃあ私たちも行けばいいんじゃあ…とチハルもそのつもりだろうと小さくうなずいて合図を送ったら、「じゃあ部屋で待ちたいんで」とチハルが言い出した。
「キーもらえますか」と受付の人に言うチハルに、「はい、お預かりしています」、とニッコリ笑って答える高森さん。
…チハルと二人で部屋で待つって…
「私たちもカラオケに行ったらいいじゃないかな!」と言ってみる。
「ヤだね。たぶんアイツはわけわかんねえ洋楽ばっか歌ってて絶対ぇウゼぇ事になってる。オレは行かない」
「それお母さんの事?」
「決まってんじゃん」
「そんなのお父さんだって、わけわかんない古いじめじめした日本の古い歌ばっか歌ってると思うけど」
「わ~~…もう絶対ぇ行きたくねえ。いいじゃん部屋で待っとけば」
受付の高森さんが私たちの会話に「ふふふ」と笑って言った。「素敵な御家族ですねぇ」
そして私たちの顔を見比べて少し首をかしげ、「可愛らしい御キョーダイですね。え~~と、…お兄さん?」
チハルを見てそう言った。
「いえ!」と私が慌てて否定する。「私が姉です!」
「まぁ…失礼しました」にっこり。「私にも双子の弟がいて、よく私が妹だって間違われるんですよ」
双子なの?高森さん…双子なら別にどっちが上とか下とか間違われても大した事ないと思うけど。しかも『可愛らしい御キョーダイ』って…
いや~~~…どうかな…部屋にチハルと二人で待つって…
昼間も結構普通だったし…でも手はつなごうって言われたよね…けどダメだって言ったらそれもすぐわかってくれたし…温泉にも着いて来てくれたしな…
「姉ちゃん」と、いつもより優しい声でチハルが私を呼ぶ。「部屋でゆっくりテレビでも見て待っとこ」
「…」どうかな…
「な?のど乾いたし疲れた。なあ?姉ちゃん。ゆっくりしてぇよ、せっかく旅行来てんだから。部屋でゆっくりテレビ見よ」
あれ?なんかちょっと甘えるような感じも出してない?
少し横目に睨む私をふざけたようにちょっと笑って、「なあ姉ちゃ~~ん」とわざとらしくチハルが言う。
なんでこんな所で図に乗り始めた。
それを見てクールビューティの高森さんが案の定、「ふふふ」と笑って言った。
「まぁ弟さん、お姉ちゃんに甘えて。可愛いらしいですね」
いや可愛くはないですよ?
「なぁ?」とダメ押しをするチハル。「いいじゃんなあ、姉ちゃん」
「ほんと可愛い弟さんですねぇ。うらやましいな。こんなカッコ良くてかわいらしい弟がいたら、私ならものすごく甘やかしてしまいそうですよ」
高森さんが私にニッコリと笑いかけるので「そんな事無いですよ!」と言って首を振った。
それを見てまた「ふふふ」と高森さんは綺麗に笑う。だまされてるよ高森さん…
そして普段は見ず知らずの人に絶対そんな事まで言うようなキャラじゃないのに、調子に乗ったチハルが言った。
「うちの姉ちゃん、すげえ弟に冷たいんですよ」
「あらあら」と高森さん。「そうなんですか?」
私をからかったように高森さんが見る。「困りましたねぇ~~」
あれ?高森さんの目が笑ってない…。そして高森さんは私たちの顔を交互に見て、冷めた目のまままたニッコリと笑い、最後にチハルだけをじっと見つめ鍵を渡しながら言った。
「御キョーダイというより、なんだか恋人って感じですね?」
露骨にギクッとしてしまった…それが自分でもわかっているのに、さらに高森さんにじっと見つめられ、「ふふっ」と笑いかけられてうつむいてしまった。
怖いな高森さん、初対面なのにうちの何を知ってるの!?綺麗な顔と見透かすような目に今さら必要以上に委縮してしまう。
なのにだ。「そうですか?」と聞くチハル。
そのチハルを少し見つめ、高森さんは困ったなって顔をしてまた笑ってみせてから言った。
「ダメですよ?大切なお姉さんを困らせたりしたら」
じっと高森さんを見つめ返すチハル。「困らせませんよ。困ってんのはオレの方です」
高森さんがニッコリ。チハルもニッコリ。
何、この人たち…
鍵を受け取ったチハルが高森さんにお礼を言ってスタスタと先に歩き出す。そしてすぐに振り返り、ちょいちょいと私を手招きをした。
「アイスの自販機あったじゃん」とチハル。「買ってこ」
「アイス食べたいの?」
そう言いながら高森さんが言った事が気になり過ぎる。今日はキョーダイらしかったのに私たち。それでもあんな風に初対面の受付の人にまで言われるのは、私とチハルが全然似てないから?
「姉ちゃん、食べたくねえの?」
「お金持って来てないよ」と言うと、「あ、そうか」とチハルも言う。
「ていうかやっぱ」とチハル。「温泉入ったから喉乾いたな!」
「そうだね。とりあえず部屋戻ろ」
ほら、普通にキョーダイぽいよ私たち。
スタスタと二人並んで歩く。もう高森さんが言った事は気にしない事にする。
「あ、そうだ」とチハル。「さっき姉ちゃん追いかけてった時あっち側通ったら、2階の階段上がったとこの端の方の窓から、ライトアップされたとこが見えて綺麗だった」
「え、そうなの?ちょっと見たいかも」
「うん。じゃあそっち回ってこ」
どうしてさっきは受付の高森さんの目があんなに気になったんだろ…私たちの事を知ってるわけでもないのに。そして今が今まででいちばん、仲良いキョーダイって感じがするのに。