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神経衰弱

 さっきと同じようにチハルの斜め少し後を追いながら店の外へ出ると、いきなりシャッター音がする。あ、眩しい。カシャカシャカシャカシャ…。なに連写してんだチチハハ! 

 店の外にいたのはスマホを構えた父と母だった。

「見てた見てた」とテンションの高い母。「今見てたんだよ、お父さんとさ、今買い物してんの、二人『はじめてのおつかい』みたいだった!」

「…何言ってんの?」と私。「お母さん大丈夫?そんなに呑んでたっけ?」

「なんかほんとの恋人同士みたいだったね」と父。

「…」

 実の父からの言葉に絶句してしまう。

 そしてそんな私を全く意に介せず、「はじめてのおつかい!」と言い切る母。

 バカなの?父と母はバカなの?


 おばあちゃんは?と父に聞かれて旅館から出た後の事を話す。

「もう~~」と母が、ここにいない祖母をなじった。「気をきかせたつもりか知らないけど…」

 4人で一緒に旅館にたどり着くと祖母がロビーのソファに掛けて私たちを待っていた。

「なんだ」と祖母。「4人一緒なの?せっかくチハルとチナちゃん二人にしたのに」




 ちょっと肌寒くなった、と言いながら5人で部屋へ帰る。私は一番後ろに並ぶ。

 前を歩く私の家族。父、母、祖母、弟の後頭部を見ながら思う。

 なんか…、旅行でよその土地に来ているからか、みんな変な感じで浮かれている。お母さんは結構酔っ払ってるし。祖母もふざけた感じで私とチハルを置いてったし…

 チハルが手を繋ごうとするのはちょっと予想していた。結局はわかってくれたけど。でもチハルが言ったように、今日はそれを除けばずっと普通だった。家族として仲良くするっていう約束をちゃんと守ってくれている。それなのに父がふざけるからな…私とチハルを恋人同士とか言い出すし。まずその『恋人同士』っていう口にしたら恥ずかしい言葉を父が使う時点でアウトだし…

 いや…父からはなんかそれっぽい恥ずかしい事、前も言われたな…4人で半月山公園に行った時に…思えば父はチハルの私に対する好意にずっと肯定的な気がする。まず止めるべき一番の立場にいるはずなのに。

 みんなもう温泉なんて入る気なさそう…この後一人で温泉行ってみようかな。ちょっと一人だと勇気いるけど、星空見ながらの露天風呂とか1回入ってみたいよね…。




 が、部屋に戻った私たちは用意された布団を少し脇にどけて、畳の上でトランプを広げ神経衰弱をやっているところだ。

「なんか本気で旅行っぽ~~い」という母を、「修学旅行じゃねえんだから、こんなとこ来て家族で神経衰弱やるとこなんかねえわ」とチハルが呆れる。

「いいからいいから。うちはあんたたちが小さい時がなかったんだから、これくらいみんなでしてくれてもいいじゃん」

とあくまでトランプを続けようとする母に、「小さい時はあったろ、それぞれの家庭で」と真っ当な突っ込みをするチハル。

 私も何となく覚えてる。私の本当の母と父と3人でババ抜きをした事。正月にはミッフィーの絵のカルタをした事も。


 チハルが面倒くさがっても、私は普段チハルと離れて暮らしている母が嬉しそうにトランプを配っている姿を見ると、母の味方をしてしまう。

「いいじゃん、やろうよチハル、あんたは負けるから嫌かもしれないけど」

ちっ、と舌打ちして嫌々参戦するチハル。そのチハルと私を交互に見てニコニコする酔っ払い母。祖母も嬉しそうにしていて、その祖母と母を見て嬉しそうな顔をする父。


 そして母の味方をしながらも私は、ヒロセから来たラインの返事の事を考えている。

 部屋に戻ってすぐに、置きっぱなしにしていたバッグに入れていたスマホを取り出して電源を入れたら、ヒロセからラインの返事が来ていたのだ。まず、良かった、と安心したし、しかも3通も!と、3通目の『ヒロセが写真を送信しました』の表示に嬉しくて慌てて開けると、1通目は『赤犬!』。2通目は『うちの赤弟』。そしてその3通目はヒロセの弟がサッカーの赤いユニフォームを着ている写真。


 …短い。そしていつものヒロセの感じとも違う。旅行どう?とも書いてくれてない。

 …そりゃそうだよね。チハルと一緒なら行ってほしくないって言ってくれたのに、『旅行どう?』なんて聞いてくれるわけがない。私だってヒロセに仮に義理の妹がいて、その子がヒロセの事を好きなのに一緒に旅行に行くなんて事になったらそれはもう、絶対その旅行中に何かある、って思う。やっぱり好きだなって思う気持ちは消えなくても、消えないからこそ何もなくても裏切られたような気になるのだ。



 そんな事はわかっていた。ヒロセの優しい言葉に甘えた気にもなったけれど、一度わだかまりが出来たら全く元のようにというわけに行くわけがないのはわかっていた。

 でも私は家族でここに来る事を実際自分で選んだのだ。目の前でだらだらとトランプをしているこの家族と、ここに一緒に来る事を選んだし、来て良かったとも思っているのだ。

 なんかいろいろどうしようもない…

 どうやったって私はこの家族と、ずっと家族でいたいと思っているのだ。


 「このつまんないトランプさっさと終わらせて、」と祖母が言い出した。「カラオケ行こうよ。別館にあるって言ってたから。それか家族会議」

 それか家族会議?

 …家族会議?何言い出してのおばあちゃん…聞き間違いか?

「いい」と母が急にはっきりした口調でそれを却下した。「お母さんは余計な事言わないで」

「余計な事じゃないでしょ。こんな機会そんなにないから」

「いいの」ともう一度言う母だ。「これからもこんな機会はたくさんあります。チハルが普通にするって言ってんだから、お母さんはただ見守っとけばいいの。私たち家族の問題なんだから。さっきもチナちゃんとチハルを二人きりにするような事して」


 あ~~、と思う。やっぱ家族会議、聞き間違いじゃなかった。その家族会議か。チハルと私の事ね…

 良かった!あの時ちゃんと手を離すようにきっぱり言っといて。あれをちょっとでもチチハハに見られてなくて。

 そうだよ家族会議なんて何言い出してんのおばあちゃん。私とチハルの事を本人を含めて、ここでどんな話し合いをしようって思ってんだか、恐ろしい。


 「私!私ちょっと温泉、も1回入りたいから!」

私はこの場から急激に退散したくなった。ちょっと一人になりたい。それでヒロセに対する自分の身の振り方についてぐじぐじ悩みたい。

「だからちょっと行ってくるから!」

言って部屋から乱暴に出て来てしまった。別館への渡り廊下へ向かう。

 別館は本館よりも新しい造りで照明も明るめだが、これから温泉にゆっくりつかろうという真っ当な温泉好きの人ばかりではなく、マッサージや、隣接しているバー、カラオケ目当てでうろうろしている人たちも多い。男の人が多そうだ。私くらいの歳で一人で歩いている子なんていない。もう夜も遅めなので子どもの姿もない。

 やっぱ帰ろう、だってタオルも持ってくるの忘れた、と思った時に「姉ちゃん!」と呼ばれた。


 





 

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