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いいじゃん


 チハルが旅館の方へ戻った後、祖母とゆっくり歩き出す。ゴールデン・ウィークの温泉街は8時になってもまだ明るい。観光客も昼間ほどではないが歩きまわっている。

 何だろう、なになに、なんだろ祖母の忘れ物。ケイタイ?財布?でも手に巾着みたいな小物入れを持ってるよね?なんでチハルにだけ耳打ち?つまらないものかもしれないけど気になる。いや、つまらないものなら耳打ちしないよね?

「ねえチナちゃん?」と祖母が言った。「しつこいけど、今日は一緒に来てくれて本当にありがと」

「うん。私も一緒に来れてうれしい…」

言いながら、忘れ物何?って付け加えようと思ってやっぱり止める。


 横を歩く祖母を見るとニッコリと私に笑い返す。

 なんかしゃべらなきゃ、と思って言った。「あの、ご飯の時の赤犬の形の箸置き可愛かったよね」

祖母がまたニッコリと笑って答えてくれる。「可愛かったね!お土産物屋に売ってないかな。後で見て見ようよ」

「うん」やっぱここで普通に聞いてみよう。「ねえ、おばあちゃん忘れ物って…」

「チナちゃんさあ、うちのおじいちゃんの事あんまり知らないよね?チハルのおじいちゃんの事。私のダンナさんの事だけど」

 チハルの祖父は私たちが家族なった時にはもう亡くなっていた。写真は見た事があったし母から話を聞いた事もあったが、祖母の口からチハルの祖父の話はあまり聞いた事がなかった。

 


 それから祖母が語ったチハルの祖父の話はこうだ。

 祖父と祖母は高校の同級生だったらしく、それでも祖父母の年代で、しかも田舎だと今ほどあけっぴろげな進んだ男女交際はあるはずもなかったが、何年か後に職場繋がりの催し物で再会。祖母には好きな人がいたにも関わらず祖父からの猛烈なアピールが始まったらしい。が、当時田舎ではまだお見合いや紹介で結婚相手を決める事の方が多く、祖母の親も最初は反対したらしい。それでも何とか結婚を前提に交際が始まり、「でもね、」と祖母は言った。


 「なんかすごく怖かったのよ。当時は田舎だと結婚しない人なんてほぼいなくて、結婚を前提としたお付き合いは当たり前の事だったんだけど、でもすごく怖くなったの。向こうは最初から結婚する気満々で、なんかわかんないけど私の事がものすごく好きみたいで、私が他の男の人と喋ったりするとすごく機嫌悪くなったりね、自分はやたらモテてたんだけど…それで、」

と、ちょっと恥じらって祖母が言う。「二人きりになるともう、すぐにチュウしてくるし触ってくるし」

 …やだ、おばあちゃん…

「なんかほら、」と祖母が続ける。「そういう盲目的な人って冷めるのは急じゃない?それか冷めずにストーカー化するとかさ、普通な感じにはなかなか終わらなさそうでしょ?だからね、いったん付き合うのを止めてみましょうかって言ったんだけど…なんか流される感じで結局は結婚しちゃってね、っていう話」

「…ふうん」

「今となっては他の人とも何人か付き合ってみたかったなって思うんだけど」

「そうなんだ!」ちょっとびっくり。

「むかしはそんな事出来るわけなかったし、まあうちのおじいちゃんくらいカッコいい人いなかったしね、」

「なんだ、じゃあ良かったんだね、結婚したの」

「ん~~~」

え、ダメなの?


 「それでおじいちゃん病気で死んじゃう時にね、『絶対生まれ変わってそばに行く』って私に言い出したの」

マジで…すご…「なんか愛が強いね…私今鳥肌立ったよ」

「私もその時鳥肌立ったのよ~~~。それが『嬉しい』って気持ちよりは、『なんかやっぱ怖いかもこの人』って思って」

「え~~…女の子とかそう言う事みんな言われたいんじゃないかな」

「え、チナちゃん言われたいの?」

「ん~~…すごく好きな人に言われたら嬉しいかも」

「へ~~~」

へ~~、て。



 チハル遅いな…おばあちゃんの忘れ物見つかんないのかな。この先、T字路になっているけれど、角をまがったら、わからなくなるかもしれない。

 祖母に提案する。「このまま歩いてたら、チハル追いつけないんじゃない?待つか、ちょっと戻ろうよ」

「あ、うん、そうだね」と言って立ち止まり、それでも祖母は話し続ける。

「今度ネコ飼うって言ったでしょ?そのネコのね、私をじっと見る時の目がカズちゃんの、カズミって名前なんだけどおじいちゃん、カズちゃんが私を見てた時の目になんとなく似てる気がしてね、もしかしてこの黒猫カズちゃんの生まれ変わりだったりしてって思ったら、もうそうとしか思えなくなって来て今すごい困ってんの」

わ~~~、さっきとはなんかちょっとまた違う感じの鳥肌立った。なんでこんな夜の散歩中にそんな不思議系の話するかな。

「名前考え付いた?」と祖母。

「へ?」

 きょとんとする私に祖母が笑う。「やだチナちゃん、ネコの名前考えてって言ってたじゃない」

あ~~はいはい…もう今の話聞いたら…「いっそのことおじいちゃんの名前付けたらいいんじゃないの?」

「ハハハハ!」祖母が高笑いしたのでびくっ!!とする。

 「もうチナちゃん、そんな事したらアツコにも気持ち悪がられるって」



 あ、チハル来た。

「おばあちゃん、チハル来たよ。チハル~~」と手をヒラヒラ振ってみると、チハルも手を上げて答えた。

「おばあちゃん、やっと来たね…あれ?」

振り返ったらおばあちゃん消えた!

 さっき曲がろうとしていたT字路まで少し戻って見ると、向かって右側の道の少し先に祖母だ。私に手を振っている。早っ!移動早っ!

「おばあちゃん!チハル今来たよ!ちょっと待って!」

え、なんでおばあちゃん待たないの!?

 そこへ後ろ手にチハルから手を掴まれる。

「姉ちゃん、どこ行こうとしてんの」

「いや、」と掴まれた手を払いながら祖母のいる方を指して言った。「今おばあちゃん一緒に歩いてたのに急に先行くんだもん」

 チハルが声を張り上げた。「ばあちゃん!」

「二人で散歩しといで!」祖母が同じように声を張り上げて返す。「私もちょっと回ってすぐ帰ってくるから」



 「「…」」取り残された私とチハル。

「なんで?なんでおばあちゃんこんな事するの?」と聞いた私に、「さあ」とチハルはしれっと答える。

「お母さんも二人で散歩行って来いとか言うし…なんか…変じゃん」

「母さんは元から変だろ」

そう答えたチハルを睨んで聞く。「おばあちゃんの忘れ物ってなに?」

「ハンカチ」

ハンカチ!超普通。なんでチハルに耳打ちしたんだろ意味わからん。



 「じゃあ取りあえず」とチハルが言う。「ぐるっと回って旅館帰るか」

「…」チハルと二人で?

 そう思った私をチハルが少し笑う。「いいじゃん別に今日は歩いてくれても。知ってるやつに見られるわけじゃないし…そういう事はしないでってヒロセに言われてんの?」

「…でも私が困るような事はしないってヒロセに言ったんじゃないの?」

「姉ちゃん…オレと歩くだけで困るわけ?」

「そんな事は無いけど、おばあちゃん一人で心配じゃん」

そう言った私をチハルがバカにしたように笑う。「姉ちゃんよりばあちゃんのがずっとしっかりしてるって」

「おばあちゃん足とか少し悪くなってんじゃないの?前言ってたじゃん」

「まあそこまでじゃねえし。むかしここにじいちゃんと来たって言ってたから思い出に浸りてぇんじゃね?」

そうなの?だからさっき急におじいちゃんの話したの?



 チハルが聞く。「今日ヒロセに連絡した?」

「『ヒロセさん』ね。旅館の赤犬の写真送った」

「へ~~…なんて返って来た?」

「…」

「ん?」私を覗き込むチハル。

「いや…何にも返って来てない」そして慌てて付け足す。「ご飯食べる前まではって事だけど」

「へ~~~」

 何でちょっと笑ってんだよ!「あんたこそ!あんたこそハヤサキマイちゃんに写真くれって言われたんでしょ?」

「あ~~…言われたかな?」

「ハヤサキマイちゃんが私にそう言ってきたもん」

「へ~~~」

「…送ってないの?」

「送ってない。だって関係ねえじゃんこの旅行に」

 そう言って、チハルが私の手を握ってきた。

「ちょっと!」

「なに?困るの?」

「困るっていうか!こういう事、私たちぐらいのキョーダイは絶対しない」

「いいじゃん」

呆れるほどあっさりとチハルがそう言う。

「いいじゃんて…」チハルの手を離そうとしながら言うが、返って強く握られて焦る。



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