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メイドさんのたたかい

 はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。

 ルチアです。

 わたしがジオーネ家にメイドとして雇われて早三年が過ぎました。月日が経つのはほんとーにあっという間です。

 セラム様もこの間成人を迎えられ、少し背も伸びて色っぽくなりました。とは言っても平均的な身長のわたしの口元くらいまでしかありませんから、お可愛らしいのは相変わらずです。

 この三年間色々、ほんっとーに色々ありました。一時は路頭に迷うかと思いました。でもようやく落ち着き、先輩方と一緒にここで働ける事に喜びを感じます。

 さて、今日筆を取りましたのは他でもない、ベル様の召集があったからです。

 ……嫌な予感がします。

 ええ、三年もここにいるんです、分かってきましたとも。

 ベル様は今、ジオーネ家の全メイドの前で深々と頭を下げています。この時点でパターンが読めるというものですよ。


「皆様、本日はお忙しい中お集まり頂いてまことにありがとうございます。今日皆様にこうして御足労頂いた理由が、明後日にあります。皆様は『ばれんたいん』というものをご存じでしょうか」


「ばれんたいん?」


「聞いた事無いです」


「食べ物でしょうか」


 さわさわと先輩達の疑問符が泳ぎます。わたしはそれに倣うように隣のプリシッラ先輩とトークするべく頭を九十度回転させ……あれ? プリシッラ先輩はあまり不思議そうな顔をしていないですね。


「皆様ご存じない様子。私もこの前初めて行商人の方からお聞きしました。その方によると、何でも遠い国には、二月の十四日に女性から好きな人へ『ちよこれいと』という物をあげる習慣がある、と」


「血世鼓霊屠」


「何と恐ろしげな」


「死者を供養する為の楽器でしょうか」


 待って下さいみなさん。今「好きな人にあげる」って言われましたよね?


「乳横麗妬かもしれませんよ?」


「ふぇてぃしずむというやつでしょうか?」


「乳房の横、つまり脇線美に嫉妬するという意味でしょう」


 それはひょっとしてギャグで言っているのか?


 駄目です。この人達なまじ頭が良いから冗談なのか、三百六十度以上回って本気なのか分かりません。


「あたし、知ってるです」


 わたし的に耐えがたい雰囲気を壊してくれたのは、ぼさぼさの長い黒髪をぞんざいに垂らした小さな先輩でした。名をアデライデさんと言います。スティルルームメイド(お茶やお菓子の貯蔵や管理をする専門職)で、パン専門のコックも兼任しています。いつもどこにいるのか、滅多に見かけない謎の多い人です。


「ちよこれいととは、こんな感じの……色は茶色で……」


 そう言いながらアデライデさんは黒板に絵を描いてゆきます。何か塊のような、これで色が茶色というと……。


「うんこですわね」


「うんこだね」


「うんこだわ」


 ああ、言わないようにしてたのに!

 なんでしょう、画力の問題でしょうか。アデライデ先輩の描かれた物はへにょへにょっとしてて、形容し難い物でした。


「あう、あう……」


「皆様にはこれを作って頂きたい! そしてセラム様に喜んで頂くのです!」


 超難題ミッションです。ぶっちゃけ何をどうすればいいのか見当もつきません。

 みなさまどうやら同じ気持ちのようで「これなら自分でひり出せばよいのでは?」ちょっと待って下さい今乙女の口から出ちゃいけない言葉が混じってました。


「チョコレート……カカオ豆をバナナの皮で包み発酵、取り出し焙煎した物を粉状に磨り潰しカカオ豆の脂肪分であるココアバターと砂糖、粉乳を混ぜて練り固めた食品なんだけど……、まっ面白そうだからほっとくか☆ ねーえ私も混ぜてー」


 プリシッラ先輩が何やら聞き捨てならない事を言っていた気がします。

 何はともあれ、こうしてメイドのメイドによるメイドの為のいくさが始まったのでした。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ベル様、鍛造つくってきました! 千代焦冷凍です!」


「ぬう、これは炎と氷の魔剣! どのようにしてこの逸品を?」


「千代に燃え続けるという魔獣インフェルノタイガーの牙と霜の巨人の爪を鍛え上げ、両方の特性を相殺する魔剣に仕上げました!」


「何と禁制品まで使って……っ」


 いやそれ結果的に無駄に豪華なただの剣ですよね。あ、霜が蒸発して霧が出るみたい。加湿用の工芸品かな?


「はあ、はあ、獲ってきました……。幻獣「チヨコ」の冷凍」


「でかした!」


 作ってこいっつったろうが。


 ベル様もでかしたじゃないですよ。あー、これ例の如くテンション上がり過ぎておかしくなってますわ。

 あとチヨコって何? この世界にはまだまだ不思議がいっぱいです。


「ベル様これですね!? 赿櫲嫮糲廜!」


 読めねえよ。


 えっと、環境依存文字ですので、見ている方の環境によっては多分文字化けしてしまってます。ごめんなさい。

 わたしはこの辺で輪から抜け出してお目当てを探す旅に出ました。邸の中をうーろうーろ。

 たーるっ。の中にはいない、と。氷室の中にもいない。うーん、多分暗い所にいると思うんだけどなあ。

 わたしは箪笥の中や地下保存庫もくまなく調べつつ食糧庫に足を向けました。


「アデライデさーん」


 がたっ、と積まれた木箱の一つが揺れました。野菜とかが入れられている箱なんですけど。


「アデライデさん?」


 動いた木箱を開けてみると、ジャストフィットしたアデライデさんが上目遣いでじろり。小柄だからこそ為せる業です。見た目は猟奇的死体遺棄現場ですけども。


「ここにいましたか」


「よ、よくここがわ、わかったわね」


「それはもう、消去法で」


 普段見た事が無いのなら普段見ない所を虱潰しに探していくのみです。


「何の用、です?」


「実は協力してほしい事がありまして……」


 ごにょごにょっとアデライデさんに耳打ちします。

 アデライデさんはちょっとこそばゆそうにしながらも最後まで聞き終わると、手をぐっと握りしめファイティングポーズをしました。


「やってやる、です」


 わたしとアデライデさんの共同作戦が始まりました。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「セラム様? いらっしゃいますか?」


 セラム様の部屋をノックして暫し、しばし、しーばしー、……なかなか出ませんね。


「セラムさまうぉっとおっ」


 もう一度ノックしようとしたところで不意に扉が動き隙間から目だけが覗いたのでびっくりしちゃいました。


「セラム様?」


「よし入れ」


 なんだか分かりませんが探偵ごっこのように警戒なさっているご様子。微笑ましくはありますが、なぜにこんなにビクついているのでしょう。


「今日は皆殺気立っていてな。どこから聞きつけたのか知らないが、バレンタインデーだからとか言ってアロマディフューザー機能搭載の魔剣とか噛み付いてくる鍋物とかを渡されてきて、何とか逃げてきたところだよ」


 何だかセラム様がピンチなようです。さもありなん。


「にしても何で僕なんだ? バレンタインデーなら男にあげるもんじゃないのか」


「えっ? そうなんですか?」


「んー、でもまあ最近は友チョコとか言ってあまり気にしないのかもな。そもそも僕の知ってる風習とは違うかもしれないし」


 中に数人ガチな人がいる事は知らせない方が良いというものでしょう。


「しかし珍しい組み合わせだね」


「セラム様、わたし達と一緒に来てほしいのです」


「一緒に行く、です」


「あー、まあ君達は殺気立ってないし大丈夫そうか。分かった、ちと待ってて。ショール取ってくる」


 そう言ってセラム様がクローゼットをがちゃりと開けると、そのまま石像のように固まってしまいました。

 原因は……あー、あれですね。クローゼットの中でベル様がポーズを取っていらっしゃいます。その様子はまるで一枚の絵画のように美しく、手に持った一枚の布でその裸身をかろうじて隠していらっしゃって。

 名付けるとしたら、……ヴィーナスの誕生?


「セラム様、私悟りました。どんな豪華な贈り物も私の気持ちを表現するには至らないと。そう! 私の気持ちを表現できるとしたらそれは私自身! つまり捧げるべきはわた」


 バタン! と大きな音を立ててクローゼットが閉まりました。その両手でクローゼットを封印しつつ、セラム様が錆びついた機械部品のように首をわたし達に向けて仰います。


「ごめん、ショールは無かったよ。このまま行こうか」


「はい」


 異論はありませんでした。

 わたし達は厨房へ向かいます。本来厨房はコックの聖域、わたしのようなハウスメイドは立ち入る事すら気が引ける場ではありますが、今日はアデライデさんがいるので特別です。


「で、何で厨房なんだ?」


「それはですねえ、わたし達が用意した物をできるだけ新鮮なうちにというのもありますが」


「食堂だと、見つかる、です」


「ああ、成程」


 殺気立ったみなさんに見つかると色々面倒です。その点厨房ならコックの許可なく入るととても怒られるので、セラム様を匿うのには最適です。

 かくして厨房にやってきたわたし達は用意しておいた窯にパンを入れ、最後の仕上げに掛かります。いやあ、料理が得意なセラム様にお出しするのは緊張しますね。


「じゃーん、ハッピーばれんたいんです。セラム様」


「焼きたてパンのチョコソース掛け、です」


「ほほう、こいつは……」


「実は本物のチョコレートを買い付けたまでは良かったんですが、貴重な物らしくあまり量は手に入れられなくて」


「パンで嵩増し、です」


「いやいや、これはどっちかっていうとチョコフォンデュって感じかな。ありがとう」


 セラム様が嬉しそうに言います。ようやく安心したみたい。今日一日心が休まる時が無かったのでしょう。


「まさかこの世界でバレンタインチョコを貰えるなんてな」


「? 何か言いました?」


「いや、何でもない」


 小声だったのであまり聞き取れませんでしたが、チョコレートが嬉しかったようでなによりです。あ、セラム様が遠い目をしていらっしゃる。何か良き想い出に浸ってらっしゃるのでしょうか。


「懐かしき日々と沙耶に、そして今の幸福と君達に、乾杯だ」


 そう言ってセラム様は珈琲を一口飲み、目を細められました。


いかがでしたでしょうか。

本編では絶賛シリアス中の期間ですので、三年後のお話です。

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