メイドさんの凶悪
皆さんはじめまして。わたしはジオーネ家メイド見習いのルチアといいます。
わたしの勤め先であるジオーネ家はこの国の侯爵様で、正直雲の上の存在です。何故にわたしみたいな庶民がこのような立派な所のメイドとして雇われたのか不思議です。
普通こういう所のメイドって子爵や男爵家の令嬢とかが働くものなのに。
自慢じゃありませんがわたしは本当に普通の、パン職人の娘だったんです。両親が教育熱心だったので何とか学校にいかせていただいて、卒業時に領主様の館に願書を提出しましたけど。それはダメもとで料理人として雇ってもらえないかなあなんて思っただけで。パン焼き専門の人もいるって聞きましたし。いえ、今ではそれがどんなに大それた希望なのか分かっていますが。
でもでも、まさかそれがメイドとして雇われる事になるなんて誰が信じるでしょう?
わたしは信じられませんでした。面接官だったメイド長に「何でわたし合格したんですか?」って聞いちゃいましたもん。
「必要な教養と器量を備えていた事、なにより身元がはっきりしていたからです」
っておっしゃってたけど、やっぱりこういう所は出身とかしっかり調べるんだなあ。でもそれなら尚更貴族の令嬢を雇うんじゃ? って思うんですけど。変わったところです。
変わっていると言えばメイドの先輩方は十八歳から三十三歳までいるんですけど、皆さん同期なんですって。なんでも前領主のエルゲント様と御縁があって以来、一人も辞める事なく十年間勤めていたとか。元々まだまだ小さかったセラム様の専属メイドとして雇われたみたい。
でも後任がそろそろ必要って事で新しいメイドを探していたらしいです。それがわたしなんかで畏れ多いというか光栄というか。
正直わたしなんかでメイドが務まるんでしょうか。まだまだ見習いですけど、先輩方の仕事ぶりを見ていて自信を無くしちゃいます。
メイドと一言で言っても仕事の種類はいっぱいあって、いわゆるメイドと呼ばれる人の種類は何と十七種類! パーラーメイドとかレディースメイドとかキッチンメイドとか、名前を覚えるだけで頭がこんがらがりそうでした。
何でわざわざ古代語で覚えさせられるんだろう。一般教養ですって言われたけど普通古代語なんて使わないよう。「コック」なんて「料理人」でいいじゃない。メイド長だって普段「ハウスキーパー」なんて言われないじゃない。確かに古代語が語源の単語だってあるけど、学校で専攻してなかったから難しいよう。でも「メイド」自体が古代語が語源だから仕方ないのかなあ。
そんな愚痴をこの前先輩に洩らしたら「私達もあんまり使わないんだけどね」って言われました。なんて身も蓋もない……。でもその後でセラム様が偶に古代語で表現したりするから覚えておいて損はないとも言われました。セラム様ってあの歳で博学なんだなあ。わたしなんて四歳も年上なのにおばかなんだなあってちょっと自己嫌悪。でもあの方が特別なのかも。
さて、ジオーネ家のメイドの仕事なのですが、普通とちょっと変わってる事があります。例えばメイド長が秘書みたいな事をしたり、セラム様を護衛する役目のメイドがいたり、他にもあるみたいで出張があったりします。この間なんかフィリーネ先輩達がセラム様の遠征にゼイウン公国まで付いていったとか。いや、確かに戦場に付いていってお世話をする事は他の貴族でもあるらしいんですけど、フィリーネ先輩は弓を取って直に戦ったという話です。
メイドという仕事がそこまで厳しいものだとは知りませんでした。ぶっちゃけ館の掃除や洗濯くらいだと思ってました。あの頃の自分を殴ってやりたいです。
そんなすーぱーメイドさん(古代語勉強しました!)が今日は一堂に会しています。
普段あちこちに飛び回っていたり、交代でお休みをいただいたりで、わたしが雇われてからこの三か月一度も全員が集まる事のなかったメイド隊が一箇所に集まっている、その異様さがわかっていただけるでしょうか。
この日メイド隊を集めたベル様がみんなの前で話し始めます。
「皆さん、お忙しいところ集まっていただき感謝します。皆さんが此度の重要性を理解されているからこそかと存じます」
ベル様はどなたにも丁寧に話されます。いつも凛々しくて、わたしなんかにも優しくて憧れちゃいます。
「皆さんもご存じの通り、もうすぐ年越しの祭りがあります。そこで例年の通り皆さんにお願いしたい仕事があります。これは私達にとって一年で一番重要な仕事です。今年から入った新人もいますし、改めて説明いたします。その仕事とは……」
この凄い人達が一斉に取り組む一番重要な仕事とはなんでしょう。ベル様の緊張感にわたしも思わず唾を飲み込みます。
「セラム様に祭りの日に着ていただく衣装を作る事です! あのお可愛らしいセラム様をここぞとばかりに着せ替え……もとい、着飾っていただく晴れの舞台! 一年最後のお祭りに相応しい衣装を着ていただきたい! 果たして今年は誰が作った、どんな衣装を選ばれるのか。やはりあのお可愛らしさを引き立てるフリフリのドレスでしょうか。それとも最近めっきり大人っぽくなったセラム様に相応しくモノトーンのドレス? いやしかし今年に入って頓に格好良くなったセラム様には、んゴシィック・ルロロロロリィートゥアも捨て難い!」
どうしよう。勉強した古代語が早速役に立ちました。
じゃなくてベル様が壊れました。あのベル様が。いつも冷静なベル様が。お優しいベル様がお美しいベル様が凛々しいベル様が偶に厳しいベル様が柔らかな笑みを浮かべるベル様があんなにベル様に。
ああああどうしましょう。これはまともではない、誰か止めに入られる方は……。
「ベル様、貴女は間違っています」
いたー! おお救世主よ!
声の主を見ると、フィリーネ先輩です。まるで射抜くような厳しい瞳で真っ向からベル様を見据えています。ちょっと怖い人だと思っていたけれど、こういう時はなんて頼りになる先輩なんでしょう。
「セラム様に似合うのはメイド服に決まっているでしょう!」
類友だったー!
もう駄目です。ここにまともな人はいないのでしょうか。
救いを求めるように視線を彷徨わせていると、隣の人にちょんちょんと肩をつつかれました。わたしの指導係のプリシッラ先輩です。
「ごめんねールチアちゃん、驚いたでしょ。あの人セラム様が絡むと偶にああなっちゃうのよ」
「あうあう……」
良かった。神はいました。プリシッラ先輩いてくださってありがとうございます。ちょっといろいろ軽そうな人だと思っていてすみません。
「「セラム様がセラム様でセラム様であるからしてメイド服も捨てがたいですがやはり愛らしくネコ耳着ぐるみ胸マシマシセラム様足の裏こそセラム様脇線美もセラム様くんかくんかしたいセラム様セラム様……」」
侃々諤々。ベル様の呪文のような言葉に加えてセラム様にはどんな服装が似合うか談義が数人のメイドの間で始まっています。
これがげしゅたると崩壊というやつですね、ルチア覚えました。
「……あのープリシッラ先輩、つかぬことをお伺いしますが、ここの方々はいわゆるその、百合の花が咲き乱れたり姉妹の誓いをしたり禁断の果実をもいだりは……」
「ん? ああ、同性愛者かってこと? いやいや、そんなわけないじゃん」
プリシッラ先輩はケラケラと笑います。
良かったあ。転職情報を集めようか本気で考えちゃいましたよ。
「ガチなのは数人だけだよ」
神はマグロ漁船に乗せられていきました。
「……えーっと、ちなみにプリシッラ先輩は」
「んー? ルチアちゃんって可愛いよね」
どうしましょう。会話が食い違っているのにがっちり噛み合っています。
お母さん、やはりこの仕事はわたしには務まらないかもしれません。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
隣の部屋には反物や小物、宝飾品や様々な服がいっぱい並んでいました。それらを使ってみんなでセラム様に似合う服を作っている最中です。
聞けば先輩方はみんなセラム様が幼子の頃からずっとお傍で仕えていて、主人のような、娘のような複雑で深い愛情を持っているとの事。
それならあのちょっといきすぎた愛情表現も分かる気がします。わたしも仕えてまだ三か月ですけど、あの小さい体で懸命に頑張るお姿に魅力を感じずにいられません。ジオーネ領の人達でセラム様が嫌いなんて人はいないんじゃないでしょうか。
そんなわけでみんな一生懸命です。何よりベル様が率先して作っています。
「こんな感じでどうでしょう!」
「ケ・ベッラ(なんて素敵)! 胸の薔薇が少し背伸びをしたセラム様を彷彿とさせ私鼻血が止まりません!」
「いっそギリギリの絶対領域を!」
「ペルフェット(完璧)! 見えそうで見えない楽園とおみ足を隠す恥じらいの布が背徳感を湧き立たせる!」
徹夜明けのノリが目に煩いです。
というかみんな徹夜しているので当然かもしれません。まさしくお祭り前夜みたいな気分で楽しくて仕方ないのでしょう。
流石みんな手馴れていて並大抵の速度じゃありません。かくいうわたしも負けじと服を作っているのですが、可愛い服を妄想して絵に描いたりはしていたものですがいざ実際作るとなると……。
「わあ、ルチアちゃんのそれ可愛いねえ」
プリシッラ先輩がわたしの作りかけの服を覗き込み褒めてくださいます。自分の作品が褒められるって何か照れちゃいますね。
「む、それは」
プリシッラ先輩の言葉を聞いたベル様がやけにキレの良い動きで歩み寄ると、わたしの作りかけの服をばっと持ち上げます。
「あ、それはまだ……」
時既に遅く、仮縫い段階のわたしの服はびりびりーっと破れてしまいました。
「まさかのセラム様が着ている間に少しの衝撃で破れる服! この子、天才か……!」
「違いますう……」
結局わたしの作品は仮縫いのまま時間切れとなってしまいました。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
後日、ベル様がセラム様に意気揚々とこの日の成果を見せにいきました。
「セラム様! メイド一同、次の祭りの日に着ていく衣装を拵えました。さあセラム様、お好きな物をお選びに……」
「いや、祭りの日は公務でずっと警備に就かなきゃいけないんだけど」
酒におぼれるベル様を見たのは初めてのことでした……。