Side Story★スイート・ハニー・キャンディ
こちらのお話は、本編のサイドストーリーになります。
誰と誰のお話か、お読みになられた方に気付いていただけますでしょうか…??
答えは後書きで☆
時は巻き戻り。
それは、一年前の四月のこと。
春うらら。
のどかなのどかな昼下がり。
ここは旧校舎と新校舎に挟まれた中庭の一角。
満開の桜の木が立ち並ぶその奥の奥、校舎の通路からは死角になってしまう、そんな場所がありました。
「んーーーーーーっ!
はあっ。ほんっといい天気!」
思いっ切り背伸びをしたら、青空が両手に降って来たよーー!
なんてね!
ベンチの背に凭れて見上げた空はどこまでも真っ青だし。
今が盛りと咲き溢れる桜はとっても綺麗だし。
こんな場所を独り占めできるなんて、ほんとに…。
「さいっっっこーーーーーー!」
「うるせぇよ!」
「…………え」
なに?今の。
キョロキョロと辺りを見回しても誰もいない。
あれ?
「誰か……いるの?」
ベンチから立ち上がり、もしやと思い、壁の裏を覗き込んでみた…ら。
「…ぅわっ!」
ほんとにいたーーー!
壁を背に長い手足を投げ出してコンクリートの床にしゃがみ込んだ男子ーーーが、気怠そうに動いて両膝を立て、その上に肘を乗せて両手で何度か顔を擦ると、近付いた私をギロリと睨み上げてきた。
ももも、しや……お昼寝の、最中…だったのかな?
あ。あくびを一つした。
うん、可能性濃厚だ。
「あの…っ、ごめんなさい!
あんまりいいお天気だったか……ら……」
言葉の途中でポカンと口を開けたままになってしまった私はさぞや間抜け面をしていたと思う。
でもね。
だって。
だってね!
「………………すごい。綺麗……」
こんな人、本当にいるの?いや今目の前にいるよ!
でもでも我が目を信じられないよ!
とても私と同じ人間とは思えないんですけど!
そう!彼こそまさに天上人!?そうともそうとも!!!
染めてるのかなあ…?柔らかな陽射しに透ける薄茶色の少し長めの髪も。
琥珀みたいにキラキラした瞳も。
少し吊り上がった目元も切れ長で憂いを含んでいるようで。
すうっと通った鼻筋も。
色白でツルツルのお肌も。桜の花びらのような唇も。
顎から首筋へのラインも。
よくよく見ればその指先も長くしなやかで。
「…………す………っっごく、きれ……い」
もうもう溜息しか出ないとはこのことだよ!
それに。それにね!!
なんだろうか……この滲み出る………見てるだけでクラクラしちゃう感じは………。
あっ。フェロモン??そうだ、フェロモン!!
そこはかとなく…じゃなくて、くっきりはっきり撒き散らされてるフェロモン。
おうっ。ダメだ鼻血出そう!!!
なんてことだ!!
こんなに綺麗なフェロモン美人がウチの高校にいたとは……っ!!
新入生代表挨拶をしてたクールビューティな池田くんとは対極なんだね!
けどどっちも綺麗。いっそ二人を並べて額に入れて飾りたい!!
あああまるで禁断のBLの世界…って。いやん。
目の前の絶世の美人を凝視したまま上から下まで鑑賞&絶賛妄想中だった私に、「なんだよ」「おい!お前。聞いてんのかよ?」「ジロジロ見んな」「はあ…、なんだよコイツ」などと、何度も問い掛けられていたことなど気付きもせず飽かず眺め倒していた私だったが。
突如鳴り始めた予鈴の音に、ハッと我に返った。
「わっ!大変!授業始まっちゃう!!」
急いで教室に戻ろうと方向転換しかけ、アレ?と思う。
「………あの」
「んだよ?」
なぜかさっきよりもお疲れなご様子の美人さん。
す、すみませぬ。お昼寝のお邪魔をした私のせいですか?デスヨネ。
でも気になるので聞いちゃいます。
「授業……出ないんですか?」
「はあ?」
「だから授業…」
「出ねぇよ」
「…なんで?」
「なんで…って。いいだろ別に」
いや良くないでしょう。
「…あ、もしや寝不足で頭フラつくとか?」
昨夜は徹夜?そんで睡魔に襲われてお昼寝中だったとか?
「しんどいんですか?
保健室行きます?」
「いや、要らねぇし」
「じゃあ何で…」
「あ〜〜〜もう!
腹が減って気持ち悪りぃんだよ!」
「……え?
お昼、食べてないんですか?」
「そうだよ」
「お弁当…」
「ねーよ!で、パン買うの間に合わなかったんだよ」
「あらまあ…それはお気の毒です」
ウチの学校は殆どがお弁当持ちだけど、購買の菓子パンをお昼用だけでなくおやつにする人も結構いて、お昼までにはすぐ売り切れちゃうらしいのだ。
「嫌味かよ」
「いえ同情です」
そっか。それで…空腹の余りここから動けず起き上がれず。
なんて可哀想な美人さんなのだ!!
それは授業どころじゃあないね!
あっ、そうだ!
「あの…」
「まだ用かよ。
もうとっとと行けよ」
「行きますけど、あの、コレ…」
ポケットに手を突っ込んで、そこにあるだけ全部を取り出して握り締め、美人さんの方に差し出す。
「お腹一杯にはならないでしょうけど、ちょっとはお腹、持ちますよ」
重ねて「ハチミツ入りで甘過ぎるかもですけど美味しいですよ!良かったらどうぞ」と言えば、戸惑った顔の美人さんの視線が私の顔と、開いた手のひらに乗せたものとを何度か往復した後に、その綺麗な手が伸びて来て、ちゃんと受け取ってくれたのだ。
「………さんきゅ」
え?今なんて?
目をパチクリさせた私にもう一度、その桜色の唇を開いた美人さんが言った。
「コレ食ったら授業出るし。
もう行けよ」
え?出るの?それは良かった!
「はい!それじゃあ……、あの。
また、ここに来てもいいですか?」
「…別に。好きにしたらいんじゃねぇの」
そう答えてくれた美人さんの目元がほんのり赤らんでいるではないか!
か、かわいいいいい………っ。
「じゃあ、私…行きますね!」
ぺこりとお辞儀をして慌てて教室に駆け戻る。
急げ急げー!
そう言えばさっきの美人さん、何年生なのだろう。
あ、名前、聞くの忘れちゃった。
まあいっか、今度会えたら教えてもらおう。
* * *
「……アイツ、来ねぇし」
あの日。
突然少年の前に現れた一人の少女。
肩の上で揺れる真っ直ぐな黒髪に、クルクルとよく動く大きな瞳の少女が去り際にくれたのは、カラフルなセロファンに包まれた、ころんとまあるい十個のキャンディ。
少年は口にした。
一つずつゆっくり味わって。
「………甘っ」
ゲロ甘なそれらは、少女のお気に入りのハニーキャンディ。
あれから、少年は何度かあの場所に行ってみた。
けれども少女に出会うことはなかった。
やがて盛りを過ぎて散り始めた桜の花びらが中庭に降り積もる。
はらり。はらり。
薄桃色の花びらはまるで、あの日、蒸気していた少女の頬のよう。
少年の胸はなぜかつきりと痛んだ。
その理由を知りたいとも思わなかった。
そうして、少年の足もあの場所から遠のき、行くことはなくなってしまった。
時は過ぎ、ある時、違う階で見掛けた少女の姿。
少年は知った。
少女も同じ一年生だったことを。
それから。
時々見掛ける少女は、いつも大勢の友人達に囲まれていた。
楽しそうに。嬉しそうに。
明るい笑い声に満ちたその場所。
そこが、少女のいる場所。
少女は気付かない。
翳りを帯びた少年の眼差しが、その視界に少女を捉えていることを。
ましてや、少年の心さえも、いつの間にか少女に囚われてしまっていることなど。
季節は移ろい、再び春爛漫の頃。
少年も少女も二年生になった。
少年は驚く。
同じクラスに少女がいることに。
肩の上までの長さだった少女の髪は伸び、ポニーテールに結われた黒髪が艶やかに揺れている。
けれど、朗らかなその笑顔はあの日のまま。
少女もまた驚く。
あの日の少年と同じクラスになったことに。
入学して間もない頃から、明るく朗らかな少女には忽ち沢山の友人ができ、昼休みはみんなと楽しくお喋りしながらお弁当を食べ、気付けばもう、午後の授業の時間となり。
少年と出会ったあの場所を訪れることはなかなか出来なかった。
それでも時おり、僅かな時間を見つけては、少女はあの場所へと向かった。
あの少年にまた会えるかもしれないと、心弾ませて。
花びらの絨毯を踏みしめながら奥へと進み、壁の向こうを覗き見てみたけれど。
そこにあの少年の姿はなかった。
ある時、少女は知った。
あの日の少年が、生徒達、特に女子達の間で有名であることを。
友人達の間で度々話題になる男の子が、
友人が指差すその先にいた、溢れ出るフェロモンを纏った綺麗な男の子が、
あの少年だということを。
ちょっと不良っぽいんだよね、けどそこがまたカッコイイんだ、なんてはしゃぐ友人達の声に。
まるでアイドルのようなその人気に、少女は思う。
私のような庶民が近付いちゃいけない相手なのだ、と。
あの日のことは誰にも言わず、少女の胸の中にそうっとしまい込んだ。
けれど、それからも、少女はふと思い返す。
素敵な人。
ちょっと言葉遣いが乱暴だった人。
でもちゃんと、受け答えをしてくれた人。
あのキャンディ、食べてくれたのかな。
ちゃんとお昼、食べてるのかな。
その度に、じわりと胸を満たすものが何なのか。
少女はまだ知らない。
満開の桜の下で出会った少年と少女は、同じクラス、同じ窓際側の席の前と後ろになった。
少年は、時おり盗み見る。
友人達と楽し気に笑い合う少女の後ろ姿を。
隣の席の、明らかに少女に好意を抱いていそうな男子と話す少女の横顔を。
少年は願う。
少女の瞳に映りたいと。
少年だけを見つめてほしいと。
少年は手を伸ばす。
偶然、少年に背を向けていた少女の髪へと。
ポニーテールにしたその髪の一房を、くい、と引いた。
少女は驚き、少年を見上げる。
目が合って。互いの眼差しが揺らいで。互いに俯いて。
「なに、するの」
「…別に」
「………なにそれ」
気まずくて、少年はそのまま、席に戻った。
声にしたいことはあったのに、上手く言えなくて。
「オレにも笑えよ」
音にはならない呟きは、少年の吐息に混じり消えてゆく。
あの日、少女がくれたキャンディのように、甘ったるく胸を満たすもの。
そして同時につきり、つきりと痛みをもたらすもの。
この気持ちが何なのか。
少年が、思い知らされるその日まで、あと少しーーー。
長々と読み辛い文章で申し訳ありません。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました(o^^o)
答えは。園田くんと梨々香、でした。