第2章(2)
ただ、懐かしかった。
パチパチと笑い声をあげる暖炉。淡く橙色に染まるリビング。金の模様で飾られた焦げ茶の大きなテーブルには、野菜がたっぷり入ったシチューが置かれている。
遠い昔に見ていた景色。この日は一体何年前なのだろうか。
ふと遠くなった意識を呼び起こす。不思議なことに、先ほどまで誰もいなかった部屋は随分と賑やかになっていた。小さい頃の自分、父と母、そして遠い国のお姫様と二人の使用人。おそらく、これは五歳の誕生日の記憶であろう。
五歳の自分の隣に座り、シチューの味を楽しむお姫様は感嘆の声をあげていた。
「この食べ物は食べると体がぽかぽかするのだな。心までも温かくなってしまいそうである」
かつての自分は得意気な顔で言う。
「だってだって、お母さんの作るシチューは幸せのシチューなんだよ!だから食べたらうれしくなっちゃうの」
無邪気に笑う過去の自分と同じく笑顔の大人達。この優しい世界にいつまでも溶け込んでいたいと感じた。
――永遠にこのままでいられますように。
心臓が叩き潰されるような痛みで現実に引き戻された。
「今日は機嫌があまり良くないのですね・・・・・・」
ミリーはミシミシと床を軋ませながら歩く小太りの女性を見送りながら胸を押さえる。
布団の代わりに掛けられたのは大量の雪であった。すでに解け始めていて服に少し染み込んでいる。
ミリーは痙攣したように震え続ける体を擦りながら身を起こす。息をするのが苦しく、目の焦点も合わない。
「こ、こんなではいけません!今日は学校にいける日。気合を入れなければっ」
ミリーは自分自身に言い聞かせると勢いよく立ち上がる。
体がだるく少しだけ視界がぼやけているが、今のミリーにとってそんなことはめっぽうどうでもいいことなのだった。