第2章(1)
屋敷の廊下はまだ薄暗く少々不気味であった。等間隔に設置された黄金の鎧が妙な雰囲気を際立たせる。
その中を、くるくる回ったりぴょんと跳ねたりしながら駆けてゆく少女が一人。
「皆の者、ついにこの日が来た!わらわを祝福せよ」
手を広げて喜びを唄っているのは才能の神オリガである。歳は変わらず十七歳。
十年間、ほとんど遊ぶことなく神や皇女としての仕事をこなし、より多くの者から支持される皇女となった。能力も格段に上がり、他の神から尊敬されるほどにまで登りつめた。その功績が認められ五年ほどの有給をいただくことができたのである。
その有給を使って一人の少年に会うために人間界へ行くということだ。
――コンッ、ココン!
茶色くシックな扉を叩くと可愛らしい音が辺りに響き渡った。オネエ執事アダムの甘ったるい声は聞こえない。
「アダムのやつ・・・・・・。まだ寝ているのか」
オリガはやれやれと首を振ると廊下の鎧と同じ色のドアノブを掴み、くいっと捻った。思い切り体重をかけて扉を押し、後は叫んで起こしてやるのだ。
「起きろー!早く支度をしろー!起きないと父上に言いつけ・・・・・・」
自分より少し年上の美男子と目が合った。手にはパフを持っている。
やってしまった。皇女は感づいた。
「ええっと、何かすまなかったな」
アダムは両手で顔を覆い、どさっとしゃがみこんでしまった。
「いやああん、姫様のエッチ!勝手に大人のレディの部屋に入るなんてひどすぎるわっ」
いつもの高い余所行きの声はどこへやら、今のアダムは完全に男の声をしていた。
不憫なオネエ執事はいと恨めしそうな目でオリガを睨む。寝癖気味の一本結びを掴みながら息を荒げる姿を見て、オリガは肩をすくめてみせた。
「そんなに怒らなくても良いではないか。今の姿もかっこよくてなかなか素敵であるぞ。リズも実はこっちの方が好きなのではないか?」
アダムの顔が茹でダコのように真っ赤になる。
「そ、そんなことないわよっ。リズちゃんも女としてのあたしのこと、綺麗って言ってくれるし」
アダムは白いファンデーションが付いたパフを顔にあてた。
「それより何で今日に限って早起きなのよ。別にいつもみたいにお寝坊さんでも起こしてあげるのに」
オリガは少しむっとする。
「ミリーとの感動の再会であるのだぞ。こんな日に寝坊するほどわらわも馬鹿ではない」
アダムは困ったように小さく笑った。
「まあ、せめてリズちゃんを起こすならもっと優しく起こしてあげてちょうだい。今日はもう許してあげるわ」
「そうだな。じゃあ、行ってくる」
オリガはけらけらと笑ってアダムの部屋を出て行った。