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第1章(5)

 「さあ、シチューができましたよ」

 アーニャが鍋の蓋を開けると、まろやかないいにおいが部屋中に広がった。

 ミリーが木の器を両手に持ちながらキッチンへ駆け出す。

 「わぁっ、おいしそう!お手伝いするから早くごはんにしようよっ!」

 「ありがとう、ミリー。じゃあ、お母さんがシチューをよそうから、テーブルに運んでいってくれる?」

 「うん!」

 ミリーは器を頭の上に掲げ、うれしそうにくるくると回った。

 オリガは、そんなミリーを不思議な様子で見ていた。先ほどまでは頼もしくとても礼儀正しい少年であったのに、親の前では年相応の子供らしさが出ていた。きっと親のことが大好きなんだろう。

 どちらにせよ、天使であることに変わりはなかった。





 ――ドンドンッ!!

 扉を勢い良くノックする音が聞こえる。

 アンドレイが扉をそっと開ける。

 「こんな時間にどちら様でしょうか」

 暗闇から、濃いメイクをした美しい若者とメイド服を着たかわいらしい少女が現れた。

 「あの、姫様はここにいますかー?」

 「は、はぁ・・・・・・」

 「いきなりごめんなさいね。あたし達、国から逃げ出した姫君を探しにきたの。心当たりないかしら」

 「姫・・・・・・」

 アンドレイはテーブルの方に目をやる。愛しの息子と妻、そして煌びやかなドレスをまとう少女が楽しそうに食事をしていた。

 すると、こちらの様子に気がついたオリガは目を丸くする。

 「リズ、アダム!なぜいるのだ・・・・・・」

 リズは頬を膨らませた。

 「探しに来たからに決まってるじゃないですかっ。勝手に抜け出して・・・・・・」

 アダムも目をつり上がらせる。

 「そうよっ。あたしもリズちゃんもすっごく心配したんだからっ」

 怒りで顔を赤くする二人に、アンドレイはなだめるように話しかけた。

 「まあまあ。ずっと探し回って二人ともお腹がすいたでしょう。よかったらあなた達も食べていきませんか?」

 リズとアダムは拍子抜けした表情で顔を見合わせた。





 「あたしたちまでご馳走になっちゃって、なんか悪いわねぇ」

 「いきなり押しかけたよそ者なのに、ガツガツと食べてしまいました・・・・・・。すみません」

 リズとアダムはバツの悪そうな顔で空になった木の器を見つめた。

 アーニャはそんな二人の様子を見てくすりと笑う。

 「そんな遠慮しなくても大丈夫ですよ。お料理はみんなで食べたほうがおいしいですもの。あ、そろそろタルトが焼ける頃かしら。まだお腹がすいていたら、召し上がれ」

 ペコペコと頭を下げる二人を見てアーニャが笑いを堪えていると、キッチンの方から賑やかな声が聞こえてきた。

 「オリガさんっ。あと五分でケーキが焼けるよ!」

 「ああ。いいにおいがしてくる」

 「楽しみだなぁ。オリガさんも一緒に食べようね」

 「わらわも食べていいのか?」

 「もちろんっ!いっぱい食べようね」

 アンドレイも乱入する。

 「二人とも、お父さんの分まで食べちゃだめだぞー」

 「うー。ぼく、そんな悪い子じゃないもん」

 「わらわもそのような無礼な真似はしないぞっ」

 「よし、二人ともいい子だ」

 アンドレイはがっはっはと笑いながらミリーとオリガの頭を撫でた。

 リズ、アダム、アーニャは、キッチンではしゃぐ三人を見て思わず吹き出してしまったのだった。




 「ミリー、改めて誕生日おめでとう!」

 アンドレイがミリーの頭をくしゃくしゃと撫でながら言うと、皆も続けて祝いの言葉を口に出した。

 アーニャが、ブリリアント家の誕生日パーティーでは毎年恒例となっている質問をする。

 「ミリー。五歳になったけれど、今年はどんなことをがんばりたい?」

 ミリーは迷うことなく答えた。

 「ぼく、レイマリア王国をもっと幸せな国にしたい!ぼくがいい子でいたら、神様がお願いを叶えてくれるんだって。だから、ぼくいい子になる。いい子になって神様に認めてもらうんだ!」

 ミリーはオリガに意見を求めた。

 「ぼくでも、神様に認めてもらえる?がんばったらお願い叶えてくれるかな?」

 才能の神は初めて愛した少年に優しく微笑みかける。

 「ああ。きっと叶えてくれる。神はそなたのような者に手を差し伸べるだろう」

 ミリーはオリガの言葉を聞き、安心した表情で微笑み返した。

 アンドレイは拍手をしながら言う。

 「文句なしの百点満点だ!さあ、タルトを食べよう!」

 父親が言い終える前にミリーは目の前のベリータルトにかぶりついた。





 「この度は姫がご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」

 「そして本当にありがとう。私達まで楽しい時間を過ごすことができたわ」

 リズとアダムが深々と頭を下げる。

 アンドレイはいやいや、と小さく笑う。

 「こちらこそ、息子の誕生日を王族様に祝ってもらえてとてもうれしく思うよ。今日はありがとう」

 アーニャは気がかりな様子で窓の外を見つめる。

 「でも、本当に大丈夫かしら。夜はとても冷え込むし、国はとても遠いところにあるのでしょう。雪も降っているし、別に泊まっていってもいいのよ」

 リズとアダムは首を横に振った。

 「さすがにそこまではお世話になれないわ」

 「それに、姫様にはやらなければならないことがたくさんありますので・・・・・・。早く国に帰らなければ民も心配すると思います」

 「まあ、それなら仕方ないわねぇ。どうか、気をつけて帰ってくださいね」

 「また時間があったらいつでも遊びに来てください」

 アンドレイとアーニャは優しく微笑んだ。

 保護者組の横でも、別れの言葉が交わされていた。

 「ミリー。そなたと会うことができて本当によかった。礼を言う」

 ミリーはうつむいたまま唇を噛み締めていた。

 「そんな悲しそうな顔をするでない。・・・・・・わらわまで悲しくなってしまうではないか」

 オリガは目尻に浮かんだ涙をさっと払い、続ける。

 「もう会えないなど一言も言ってないではないか。きっとまた、わらわはここに戻ってくる」

 ようやくミリーが顔を上げる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 「ほ・・・・・・んとう・・・・・・に、また・・・・・・会えるの?」

 嗚咽交じりの声にオリガはまた涙腺がやられそうになったが、必死に堪える。

 「ああ。ただ、わらわは皆の許しを乞わなければならない。十年ほどは会えぬかもしれないが、それ以降ならばきっとまた会えるはずだ」

 「じゅう・・・・・・ねん・・・・・・」

 「そなたには長い時間だと思うが、待っていてはくれぬか?」

 ミリーは泣き顔をなんとか笑顔に近いものにして答えた。

 「ぼく、オリガさんのことずっと待ってる。忘れないで待ってるようにがんばるから」

 オリガはミリーに優しくハグをする。

 「元気でな。わが愛しの少年」


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