誘い 5
怯えながら奈々が打ち明けた出来事に、さとみはしばし言葉を失った。チャット経由とはいえ、直接の友達である涼子は、おそらく相手のそんな一面を知らないのだろう。知っていたら無防備に、あちらのテリトリーに飛び込んで行こうなどという、愚かな行為はできないはずなのだ。
「ねえ、相手の人のこと、あの人たちなんて呼んでたっけ?」
さとみは気を取り直し、明らかに異常な相手に対抗するために、何か糸口がないか模索するように尋ねた。
「え?相手の?うーん、確か涼子がみこさんって呼んでた気がするけど」
「みこさん・・・それ、本当にハンドルネームなのかな?」
「本当にって、どういう意味?本名かもしれないってこと?」
奈々のその質問に、さとみはあえて答えなかった。本名ではないだろうが、何かしら意味がある気がする。それも、果物が好きだからイチゴとか、動物が好きだからことりといった単純なものではない。もっと深い意味、たとえば彼女が「巫女」であるようなほのめかしである。
「みこ、巫女、みこ・・・」
イントネーションを変えながら、さとみは口の中で数回反復した。巫女という仮定はかなり近い気がするが、しかし最後の部分でしっくりと腑に落ちない。この電話をかけてきた相手は、巫女のような空気をまとっているにもかかわらず、同時に禍々しい意志を秘めているように感じられた。
さとみはその禍々しさの正体を探ろうと、もう一度奈々の携帯に手を伸ばした。強く握りしめ、みこという女性の声を経由した機械に残る、ほんの少しの影響でもすくいとろうと試すつもりだった。が、試すよりも先に携帯は、音を鳴らさないまま震えだし、着信中であることを主張した。そしてその瞬間、明確な画像がさとみの額めがけて飛び込んできたような錯覚を覚える。
ーー奈々の母親と男性。おそらく、いや確実に父親であろう。それから兄。ここ数年会っていないが、子どもの頃の面影の残る顔立ちーー
その画像の意味するところを、さとみはすぐに理解した。いや、理解というよりも、飛び込んできた瞬間にはもう把握していた。奈々は気がついていないだろうが、この相手は想像以上にヤバい。奈々が抱えている危機感以上に、狂気に満ちている。
「奈々、この誘い、やっぱり行った方がいい。いや・・・違う。行った方がよくなった」
「え!?」
「大丈夫、私もついて行くよ」
突然意見を翻したさとみに、奈々が戸惑いながら尋ねた。
「なんで?さとみがついてきてくれるなら、そりゃ心強いけど・・・でもやっぱりあたし、そんな村に行くの怖いよ!!」
「うんわかる。この祭なのか村なのか、あるいは電話してきてる人だけなのかはわからないけど、すごくおかしいしヤバいと思う」
「じゃあなんでーー」
「でも奈々が行かないともっとヤバい。携帯番号を知られたことで『つながり』を持たれたんだと思う」
「つながり?」
「行かないと調べてでも家まで来るよ。迎えにきたのを拒否したら・・・たぶん・・・」
ここで少しだけためらってから、さとみは奈々の顔を見据えて続けた。
「家族に危害が及ぶと思う」
そしてその予告に、奈々の顔が絶望的に青ざめた。