誘い 4
奈々が携帯を鞄から取り出すと、さとみの前に差し出した。さとみはそれを
「いいの?」
と確認してから受け取った。あらかじめ着信履歴の項目が表示されていたが、そこには同じ固定電話からの番号がずらりと並んでいる。
「なにこれ!」
思わずそうつぶやくと、奈々が車窓に視線を投げたまま、おびえた様子で説明した。
「ずっと鳴ってるから、音消してあるの」
「学校にいる間も?」
「たぶん・・・着信履歴みたら、鳴ってたんじゃないかと思う」
ここまでいったら十分ストーカーではないか。さとみは履歴一覧をさらに確認しながら、あまりの異常さに息をのんだ。
「警察に相談するなら、ついてくよ」
「そんなことしたら、怒らせないかな!?」
「いやだって・・・それどころじゃないでしょう、こんなのおかしいもん。でも・・・」
怒らせるかどうか云々よりも、一日程度の証拠では、警察を動かすには弱いだろうと考え込んだ。いったいどうしてここまで奈々に執着するのであろうか、さとみは涼子のチャット仲間という相手について、ただごとではない違和感を覚える。
果たして志加羽村というのは、いったいどういう地域なのだろうか。そこで行われる祭とは、どういう類いのものなのだろうか。
家に着くと、さとみはとりあえず部屋で待っててと奈々に言い、二人分のお茶を支度した。家族はちょうど外出中らしく、これなら込み入った話になっても大丈夫だろうと笑みを浮かべた。
「おまたせ、電話どう?」
「鳴ってるみたい。鳴らないけど、着信たまってる」
奈々はそれが自分の携帯だというのに、音は鳴らないように設定してあるというのに、まるで汚らしいものを見るかのようにクッションの下に放置していた。さとみはテーブルの上に紅茶のカップを並べると、無言のままその携帯を手に取った。
「どうするの?出るの?」
「まさか。・・・ちょっと見てみるだけ」
そう告げると、さとみは携帯を強く握りしめ、そのまま静かにまぶたを閉じた。
ーー女・・・若い女・・・若い?年がわからない・・・
携帯の中に残る思念を、つかめる範囲で読み取ると、さとみは再び目を開けた。
「その電話って、女の人から?」
「そう。若い感じの人」
「若い・・・そうだね、感じは若いよね。若いんだけど・・・」
本当に若いのだろうか?声だけではよくわからないのかもしれないが、それにしても相手の情報がほとんど読み取れない。しかも若いと感じるたびに、本当に若いのかという疑問がさとみの中にくすぶる。
しかしそんなものを感じ取れない奈々は、さとみのその反応に、心配そうに顔を覗き込んで来る。
「やばい?」
「ああ、ごめん。ちょっと考えてただけだから大丈夫。それより、電話ってずっと無視してたの?」
さとみに具体的な対応を尋ねられ、奈々は昨夜のことを思い出しながら答えた。
「最初のうち、何回かは出たの。急に電話がきて、なんで番号知ってるんですか?って聞いたら、出席するっていうことで、連絡先で聞いてあったって。でもそんなこと、涼子たち一言も言ってなかったし、怪しいっていうより、行かないって言ったから仕返しにばらされたんじゃないかって、正直疑ってる」
その話は電車でも聞いていたが、奈々の推測は確実に当たっているとさとみは思っている。
「とにかくそれで、急に行かないって聞いたけどどうして?って言われて、都合悪くなってってごまかしたのね。そしたら何の予定が入ったのかとか、誰との約束なのかとか、先に話があったのはこっちだとか、ずーっとぐちゃぐちゃ言い出したのね。で、あげく、その用事が終わってからくればいいから、家まで迎えに来るって言い出して」
「気持ち悪い!!」
思わず叫び声をあげたさとみに、奈々がすがるように同意する。
「だよね!!あたしもだんだん怖くなっちゃって、絶対行きたくないって思ったの。それでとにかく無理ですって言って電話切ったんだけど、そのあとからずっとひっきりなしに折り返しかかってきたの。無視しようかとも思ったんだけど、あまりに鳴ってるんで、失礼な断り方だったかな、怒らせちゃったかなって思ってもう一度だけ出たのね」
「よせばいいのに」
「ほんと、今思うとやめればよかったってわかるけど、とにかくあの時は謝ってでもあきらめてもらいたかったのよ」
奈々のいい訳に、さとみが小さく笑った。
「わかってるからいいって。それよりそしたらどうしたの?」
「電話でて、さっきは失礼しました、言い方悪かったですって謝って、でも行けないものは無理なんです。ごめんなさいって言い直したのね。なのにあっちが・・・」
「あっちが?」
そこで一瞬ためらってから、奈々がその先を続けた。
「もうあたしの話とか、多分全然聞いてなくて、当日はお待ちしていますので、お気をつけていらしてくださいってずっと繰り返してるの」