誘い 3
次の日の放課後、さとみが帰宅の準備をしていると,隣のクラスから奈々が声をかけてきた。
「さとみ、今日・・・一緒に帰れる?」
「え?かまわないけど、部活はいいの?」
奈々は涼子と美沙と同じクラスなだけでなく、そろって女子バスケットボール部に所属していた。この日もテスト前ということもなく,通常通り練習日にあたるはずだった。
「今日は休む。ちょっとさとみに相談にのってほしいことがあって・・・」
しかしこの日の奈々は、とてもではないが練習どころではないと行った様子に見える。やたらと周りの視線を気にし,言葉を選んでいるのが伝わってきた。
「相談って——」
尋ねかけておいて、さとみはすぐに口をつぐんだ。教室のドアの向こう側で,涼子と美沙が自然を装いながら、こちらを伺っていることに気がついたからである。おそらく昨日の,オフ旅行のキャンセルがらみに違いないと察する。
「ここで話す感じじゃないみたいね、じゃあ・・・うちに来る?」
歩きながらでは聞き耳を立てられるかもしれないし、最悪,会話に割り込んでくる可能性すらある。かといって奈々の家で話すことにしては、同じクラスで同じ部活の仲であるから、しれっと訪問してこないとも限らない。しかしさとみの家であれば,クラスも違えば親しくもない。帰宅部のさとみを訪問するための、とっかかりになるポイントは何もなかった。
「いいの?」
すがるように聞き返す奈々に,さとみが笑顔でうなずいた。
二人が学校をあとにしてしばらく,背後に涼子と美沙の気配を感じていた。さして親しくないさとみにとって、二人がどこに住んでいるのかはっきりとした住所は把握していないが、しかし2年生の今まで通学経路で遭遇したことはないのだから、いずれは振り切れるはずと期待した。
結局駅にたどり着き,改札を抜けつつちらりと背後を警戒すると,さすがにこれ以上はついて行けないと判断したのか、通りの向かい側からこちらを睨みつけていた。いや、こちらというよりもむしろ、さとみひとりを敵視していたと言うべきだろうか。
涼子と美沙を振り切ったことで、さとみは電車に乗り込むと,例の相談について話をふった。
「で、相談って何?そろそろ教えてよ」
「うーんと・・・そうだねえ」
話をうながされ、奈々は渋い表情になって窓の外を見た。それから慎重に車両を見回し,涼子と美沙に限らず同じ制服の人間がいないことを確認する。その様子に、さとみが小さく笑って告げた。
「大丈夫,知ってる人は誰もいないから」
その言葉にやっと安心したのか、ふうと一息ついてから、やっと本題を切り出した。
「実は・・・昨日から携帯に電話がすごいの」
「すごいって・・・誰から?」
「涼子のチャットの人らしい。ほら、村のお祭りに誘ってくれたって人」
「は?なんでそんな人が?奈々、番号教えたの!?」
さとみの問いに、奈々がおこった顔で首を横に振る。
「ううん、涼子がばらしたみたい。来る予定の人の連絡先として聞いてあったって言い訳されたけど、昨日そんなことひとっことも言ってなかったもん。多分腹いせにばらしたんじゃないかと思う」
その奈々の推測は、十中八九当たっているだろうとさとみは確信した。