村 1
細い道をぞろぞろと15分ほど歩くと、木々の間から家の屋根が見えて来た。
「ほら、もうすぐそこです」
みこの言葉にみんなが顔を上げると、目の前に人家が点在する村が広がっていった。
「うわあ、のどかな感じ!でもなんかありそうでオカルトチック!!」
チャット仲間らしき女性が、興奮気味に声を上げると、他の面々もそれに同意する。
「映画とかに出て来そうだな!みこさんの話通りだ」
「横溝正史って言ったの、誰だっけ?」
「俺だな、俺」
チャットの内容を知らないさとみと奈々は、その会話に入らないまま、ただ彼らの後ろをついていった。確かにのどかな村に違いはない。それを生業にしているというにはこじんまりしているが、村人たちが食べるには十分であろう田畑や、21世紀かと見まごうような、昭和の香りのする家屋は、古い映画かドラマのワンシーンを切り抜いたかのような雰囲気があった。
しかしやはり何か違う。何かが奇妙に感じられてしまうと奈々が考えていると、さとみがその答えをみこにぶつけた。
「村の人、見かけませんね」
その言葉に、みこの動きが止まった。
「そういえば・・・いないね?」
「田んぼのどっかにいるんじゃない?あれー?んー、確かに見ないねえ」
他の者たちも指摘された違和感に目を向けるや、背中を向けたままだったみこが静かにこちらを振り返った。
「もう冬ですもの。田畑は今、お休みの期間なんです」
「あ、そうか。休耕田だっけ?」
「sabu、それ、お国からの指導で休んでる田んぼのことだよ」
「おいおい、ちゃんと勉強してるのか?学生さん」
「やっべ!」
眼鏡をかけた、さとみたちと同年代らしき青年が顔をしかめると、そのままみんなが笑い出して何となくごまかされてしまう。結局さとみはそれ以上追求しなかったが、しかし彼女だけが村の異様さの正体に気がついていた。
「さ、もう少しでうちに着きます」
みこは再び前を向き直し、みんなの先頭を歩き始めた。しばらく道なりに進んでいくと、道の端に小さな人形が並んでいるのが目に入る。
「わ、かわいい!」
「なにこれ!?かかしにしちゃ、小さいな」
「かかしっていうより、大きいこけしみたいじゃね?」
一人が反応したことで、全員の視線がその人形に向けられた。数として十数体の人形で、どれもまるで人間のように、普通の衣服を着せられていた。みこは口元に小さな笑みを浮かべ、数歩戻ってその人形の脇に立つ。
「これはこの村の伝統工芸品で、しごき人形と呼ばれています。村のあちこちに置かれているんで、他の場所でも見かけると思います」
「シゴキ?」
「小さくつくってありますが、子どもを模しているわけではないんです。魂を吹き込んで不幸を身代わりに受けてもらうため、村人の名前を背負っています。自分のしごきが作られると、幸せをもたらしてくれると伝えられていて、この村のお守り人形なんです」
「へえ〜」
みんなが感心する中で、チャット仲間の、涼子の他もう一人の女性が尋ねた。
「シゴキって、どういう意味?」
その質問にも、みこはよどみなく答える。
「魂を吹き込んで幸せを呼ぶので、『し』はこの村の名前の漢字を使ってこころざしの志、『ご』はギョとかオンの字の御、『き』は喜ぶで『志御喜』と書きます」
「志御喜人形!すっごい仰々しい名前」
「でも画数が多くて面倒なので、みんな字で書く時はひらがなですませることの方が多いんです。年末のお祭は祭事なので、きちんと漢字で書かれますが」
「え?お祭って、この人形関係あるの?」
みこの言葉尻をとらえるように、チャット仲間の中の、髪を染めた背の高い男が追求する。その質問は少々都合が悪かったのだろうか。みこの口元が一瞬だけひきつったが、しかしやはり奈々とさとみ以外の誰も気がつかないまま、すぐによどみのない答えが返される。
「志加羽鎮魂祭は、別名しごき祭とも呼ばれていて、この人形が主役なんです」
「鎮魂祭なのに?」
「鎮魂って、死んだ人を鎮めるんじゃないの?」
次々に疑問をぶつけられたが、すでにみこの中には理由なり言い訳なりが用意されているのだろう。もう口元をゆがめるような失態を、さとみたちに見せることはなかった。
「年末に、亡くなられた方々のしごき人形を鎮めるんです。もちろんお葬式のときに慰霊はするのですが、それとあわせ、年末に儀式を行って供養としているんです」
「すっごい!伝統儀式〜!!」
「まさにオカルトの舞台っぽい!」
チャットのメンバーは盛り上がりを見せたが、さとみはただ静かにみこを見つめていた。